04.拘束

「まいったな……。」



 隣国の軍備の情報を得るために潜り込んだが、この国の暗部はかなり優秀みたいだ。


 ちょっと探っただけで城の警備が駆け付け、流れるように部屋へ放り込まれ拘束されてしまった。


 新しい王になってから平和になったと聞いたんだが……圧政を敷いているのか?


 いや、街の雰囲気は明るいものだった。

 商店も賑わっていたし、嗜好品を禁じたりもしていないみたいだし。


 貧富の差はあるようだが、仕事に困って乞食こじきをしている人もいなかった。

 何より街は随分綺麗で、馬が通っていても馬糞は一切落ちていない。


 それにこの国の硬貨の数え方も面白かった。『四分の一銅貨』というものがあって、四枚で銅貨一枚の価値になるとは。

 小さなパン二つで銅貨一枚のようだから、一日パン三つと考えると銅貨一枚と半分、『四分の一銅貨』六枚分稼げばいいのか。


 中々に興味深い。




 ……そろそろ、キツくなってきたな。


 人型をした檻に入れられた私は、腕を上げることも足踏みをすることも膝を曲げることも容易にできなくなっていた。


 私の身体から型を取ったような檻は、几帳面にも腕、足の付け根で分かれ、片足だけを動かすことも難しい。


 こういった身体の動きを極端に制限する拷問は、痛みはないが精神にくる。

 早くも身体中に虫が這っているような感覚が出てきていた。


 それに、目の前に迫った檻を見ていると後頭部の辺りがきつく締まるような感じがするため、先程からずっと目をつむったままこの街の光景を必死に思い出して気を逸らし続けている。



 後一時間もしないうちに、私は叫びながら頭を檻にぶつけているかもしれない。

 そんな想像をしながら先程からじっと耐えている。







「お待たせいたしました。他の仕事が入ってしまいまして、早速始めましょうか。……その前に、額に氷でも当てましょうか?」


「いや、大丈夫だ。かなり痛いが、気はまぎれる。」



 そうですかとあっさり引き下がった、深くフードをかぶったこの…男?にしては背が低いな、声も若干高い気がする。なにより……。



「では、まずは名前から伺っても--」


「女性でもこんな仕事に就く人がいるんだな……。」


「……どうして、わかったんですか。」



 少し戸惑ったような声。



「いや、その。鼻が少しばかり良いのでな、月ものの匂いがしたから、そうかもしれないと……。」


「この距離でですか……?」



 初対面の、しかも敵国の女性にかなり失礼なこと言ってしまった私は、命が非常に危ないかもしれない。



「……いくつか質問しても?」


「あ、ああ。まずは名前だったか……。私の名前はグラニデル・コジモという。」


「偽名ですか?」


「……。」



 まぁ、そうだよな。疑うよな。偽名だけど。



「所属はどこになりますか。」


「言ってもわからないと……。第三部隊情報管理部情報収集課所属だ。」


「無理やり所属名を長くしたような名前ですね。情報収集のためのスパイ行為がおもですか?」


「どちらかというと、軍や城下町の情報収集が主になるんだ。反乱分子が無いか、横流しされている物資がないかとか。」


「ではなぜこの国に?」


「横流しされた物資の一部が、この国へ運ばれたかもしれないんだ。犯人を突き止めるためにも理解をお願いしたい。」


「それを証明できるものはありますか?」


「ない事をわかって聞いてないか……?俺が背負ってきた荷物の中に、所属を証明するものと命令書がある。納得はできないかもしれないが、それで勘弁してくれ。」



 もちろん、そんな指令は受けてないが。

 何かあった時のためにと持たされたが……見せるときは死ぬ寸前かもしれないな、とも言われた。



「……。」



 もしかしなくても死の淵に立たされているのでは?

 誤魔化し続けていた不安が明確になる中、次々に質問は飛んでくる。



「では今まで挙げた実績をいくつか教えて下さい。」


「貧民街に巣食っていた……小さい反乱組織を三つほど。あとは、軍の中で起きた事件とか、賄賂を受け取っていた上層部を摘発しようとして……まぁ、失敗したな。」


「教育はどのくらい受けていますか。」


「教育……?12歳くらいまでは父から文字と数学、礼儀、地理、政治を叩き込まれたくらいだ。それから16歳で役人試験を受けるまで知り合いの伝手つてで仕事をしていた。」


「教育機関には行っていないのですか?」


「行っていたんだが、すぐにやめてしまったんだ。父からすると、教育の質が悪すぎたんだろう。」




 他にも色々聞かれた。

 周辺国の関係、歴史。通貨の両替。各国の物価。




 不思議なことに、自国の機密事項については何一つ聞いてこない。

 私がそんな情報を持っていないと考えているのだろうか……?


 今はそれより、精神状態が危ういかもしれない。

 まだ平常を装って話していられるが、人型の檻による閉塞感のせいで、叫んで暴れ出したい気分に駆られている。


 ああ、ダメだ。全身にぞわぞわと虫が這っているようだ。

 不快でたまらない!



「た、頼む!ここから出してくれないか。」



 限界だった。

 身体の自由を奪われることで、こんなに気が狂いそうになるだなんて知らなかった。



「どんな感覚ですか?」


「暴れ出したい気分だ!息が、詰まって苦しい。」


「いいですよ。拷問目的でその檻に入れたわけじゃないので。」



 思った以上に軽い返事が返ってきて、驚いた。

 女性は檻の目の前までくると、あっさりと鍵を開けた。


 我慢の限界だった俺は、その女性を押しのけるようにして転がり出て、そのまま床とキスをしそうになったまま荒く息をした。



「椅子へどうぞ。」



 促されるまま、トゲや拘束具は付いていない只の木の椅子に座る。



「さて、続けましょうか。」


「ちょっと、待ってくれ。先ほどから、質問内容がどうも尋問には全く関係のないように思えて仕方がないんだ。もう少し重要な情報を聞き出そうとするものじゃないのか?個人的な事ばかり聞いてくるのは何故だ?」


「平たくいうならば……引き抜きの為、ですかね。」



 引き抜き……?どういうことだ?



「貴方、この国へ移住しませんか?」



 呆気に取られた。がすぐに思い直す。


 これは……断ればすぐに死刑か。

 どちらにせよ、生きる為なら要求を飲むしかない。


 ないが……。



「すまないが、私には家族がいる。私一人で移住をするわけにはいかない。それに仲間を裏切ることになってしまう。……移住は、断らせてもらう。」



 大したことのない人生だった。

 産まれたばかりの子供を残して、妻は悲しむだろうか。

 子供一人抱えて働く彼女を思い浮かべるだけで、涙が出てくる。



「断っても死ぬことにはなりませんよ?ちゃんと自国まで送り届けて差し上げます。」


「ん……?」



 なに?送り届ける、だと?



「盛大に、お土産をこれでもかと持たせて、国境まで。」


「そ、それは……!」



 迷惑すぎる!それでは国に戻っても良くて裏切り者扱い。最悪、妻と子供まで内通の罪で死刑になりかねない!!



「ま、まて!それは勘弁してくれっ!第一、なぜ敵国の私に移住を勧めるんだ!スパイとして情報を流し続けることだってできるぞ。」


「……人がね、足りないのですよ。」



 少しの沈黙の後、彼女はそう言った。



「現国王になる前から、それは始まっていたのですが……。前国王が亡くなった後、粛清の嵐が吹き荒れました。新しく施行された刑法を元に、腐りきった貴族共から財産を奪いあげ……。それはね、良いんですよ。貴族ばかりが増え、税収は相対的に減るばかりでしたから……。ですけどねぇ、お陰で本来ならば私がやるべきでない仕事が山のように迫ってくるようになりました。三日間眠れないと人はどうなると思います……?」


「……。」



 不憫過ぎて何も言えなかった。

 というか聞いたら実際にやられかねない。



「まあその話は置いといてですね。」



 置いておいて良い話なのか?



「移住、しませんか?ご家族がいらっしゃるなら、その方達も一緒に。」


「……質問してもいいだろうか。」



 何でもどうぞ。

 そう言うように、首を少し傾け足を組んだ。



「この国に移住したら、どんな仕事が貰えるんだ?」


「候補は沢山ありますが……。主に兵への教育になるかもしれませんね。教壇に立つには、少しばかり知識が偏りすぎているので。他にも税収を計算したり、犯罪者を見つけたり……。今であれば、大抵の職にはつけると思いますよ。」



 それほど、人手不足なので。



「……もうひとつ。この国移住した後、敵国出身であるために賃金や仕事を差別されることはあるか?」


「そんなもの--。」



 彼女は笑っているようだった。



「貴方もそうであるように、私達も情報のプロなのですよ?どうとでもうたって差し上げましょう。」



 謳う。

 つまり、敵国から亡命したとも、元からこの国にいたとも、どうとでも言えるということか。





 決めた。

 元より、選択の余地など無いようなものだったが決めた。



「よろしく頼む。」



 握手を交わした後、はたと思いついて聞いてしまった。



「どうも簡単に決めてられてしまったような気がするが、私を信用できるとどこで思ったんだ?」



 移住後スパイとして動けばすぐに判るだろうが、そんな者を抱えておけるほどこの国は余裕があるのだろうか。

 無いとしたら、信用できると判断した者だけのはず。



「ああ……。貴方、面白かったので。」


「おもしろい……。」


「売り物を出している屋台や、馬車を物珍しそうに見ていたじゃないですか。四番の一銅貨もかなりお気に召したようで。」



 まさか!入国してからずっと見張られていたのか!?



「貴方、スパイは辞めた方が良いですよ。だって向いていませんから。」


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