【4】

 私が目を覚ますと、そこは黒瀬先生の部屋だった。

「おはようございます、先生」

 いつもの黒瀬先生だ。夢の中の彼女とは別人のようだ。

「あ、すいません、寝ちゃってたみたいで」

「気にしないでください。お忙しい中相談を頼んだのは私ですし」

 彼女は微笑んだ。まったく他意のない、純粋な微笑みだった。やはり先程の出来事は夢に過ぎないようだ。夢はあくまで夢。ただそれだけのこと。そうと分かっていても気になるものは気になる。

「あの、実はさっき夢を見まして、その夢にあなたが出てきたんです」

「私が? それはきっと、ここで寝たからですよー」

 私は夢で見たことを簡潔に説明した。

「ふふ、変な夢。先生もそういう不思議な夢とか見るんですね。あ、そういえば時間は大丈夫ですか? もう夕方ですよ」

 本当だ。サトコもそろそろ帰宅する頃だろう。すぐに帰らなければ。

「そうね、もう帰らなきゃ」

「今日はありがとうございました。本当はすぐ起こそうと思ったんですけど、気持ちよさそうに寝ていたので」

 私はあの夢のことを考えながら帰路に着いた。夢は夢に過ぎないと頭では理解している。だがどうしても心に引っかかる何かがあった。それは過去との向き合い方だったのかもしれず、あるいは過去の出来事そのものなのかもしれない。結局その答えは出ないまま家に着いてしまった。鍵を開け、中に入る。玄関にはサトコの靴。どうやらサトコのほうが早かったらしい。

「ただいまー」

「あ、お姉ちゃんおかえりー」

 過去のことはさておき、今の私には守るべきものがある。過ごすべき日常がある。過去は変えられないからこそ、せめて何があったか記憶しておこうと思うのだ。あらゆる出来事に因果を求めるわけではないが、現在を形作るのは間違いなく過去だ。だから可能な限り過去を記憶する。それが心に傷を残すことになろうとも。

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