めぐり愛田舎

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めぐり愛田舎 前編

私はよくこの一人称のせいで、

『変なやつ』と思われることも少なくない。そう、私はこんな一人称だが女ではなく男なのだ。

小さい頃から過去の文豪達の本を愛読していた影響である。

しゃべり方も独特だ、とも言われるがそれも致し方ないことだ。

まぁ私の一人称の話などどうでもいいのだが。

ああでも一概にどうでもいいというわけでも……いや、やはりどうでもいいな。

では話を始めよう。私の奇妙な初恋の話を。

ーーーー


「今日ってお祭りの日だよな。

ほら、あの神社の・・・・。

学校終わったら行こうぜ!」


あの日、私を祭に誘ったこの男は私の盟友であり悪友である坂井仁夢であった。彼は読書の様なおとなしい

行動を好まず、中学生らしい元気はつらつとした性格で、サッカー部に所属しており、その少し幼さが残る男らしくも可愛らしい顔で、クラスの女子人気も高い、所謂陽キャである。

そんな彼とただの冴えない根暗な私がなぜつるんでいるのか。

少し簡単に説明しよう。

それは実に単純な理由で、ただたんに家が近く、幼いころから遊んでいた。というだけだ。

所謂、幼馴染みという奴だ。


「君は女子たちの視線に気づいていないのか?皆、『一緒に行くのは私よ!』という顔をしているのだが」


彼は極度の鈍感であり、周りに自分を好きな子が大勢いるというのにまったく気付かない。まるで、ハーレムものの主人公だ。

だからいつも私が彼にそれを教えているのだが、


「視線?ホントだ。なんだろ?俺の顔になんかついてんのかな…」


と、絶対に気付かないのだ。いや、もしかしたら気づいているが敢えて気付かない振りをしている。というのもありえるが……仁夢は運動神経は抜群だが、頭はあまり強くないのでそれはないだろう。


「まったく君という奴は……。

羨ましいといえば羨ましいが」


「それより行くのか行かないのかどっちなんだよぉ!行かないって言っても連れてくけどな」


私に選択権はない。選択肢があったとしても『YESか、はいか』

という、選択肢というには何かが欠如したものしかないだろう。

拒否することを諦めた私は、

「しょうがない…」と、お祭りに行くことを渋々決めた。


「よっしゃ!じゃあ夜の6時に俺んちの前な!!」


神社の祭りは午後6時から始まり9時に終わる。夜祭りという奴だ。

聞いた話では奉られているのが、

『夜を司る神様』だかららしい。

夜の闇のなかに灯る提灯の灯りはなかなか幻想的で、それを見るために

観光に来る人も少なくない。

地元の人間は毎年見ているので特に

何も感じないが。


「今年は何を食べよっかな~。

たこ焼きと、チョコバナナと……」


そう、このお祭りでは毎年、町内会の人がやっている出店がでるのだ。

鳥居をくぐって50段の石段を登り、本殿へ向かう参道の脇にづらっと並んでいる様は感受性の強い人なら思わず涙が出てくるぐらい美しい。きっとあの光景は夜の闇の中でこそ映えるのだろう。


「食い過ぎは良くないぞ。それにこの間金欠だといっていたじゃないか」


「普段食ってねーからチャラだよ!

金はまぁ親に臨時の小遣いを貰うから大丈夫だ」


確かに彼はとても細く、普段から少食なのは見れば分かるが、だからといって食べ過ぎは良くないと思うのだが……。

思慮に浸っている私に仁夢が「それに…」と続けた。


「年に一度だしさ。楽しまなきゃ損だろ!」


「……それもそうか」


彼の言う通り、この村の夏祭りはこの祭りだけであり、他の季節はそもそも祭りをしない。なので、楽しまなければ損というのも分からなくはない。


「ただし、節度を持って…だぞ?」


「わかってらぁ!つーかそろそろ授業始まるし!じゃあな!!」


そう言い残して彼は自分の席に帰っていった。

やれやれ……忙しい奴だ。


~~~~~~


これがあの日、私が初恋の相手と出会うきっかけとなった出来事だ。

今はもうあの神社は残っていないし、当然、神社がなくなったのだからあの祭りも無くなったが、まだ私と仁夢の付き合いは続いている。

といっても電話やメールだけでだが。

確か彼は今、工業系の仕事についているらしい。

まだ家庭は持っていないようだが、

恐らく時間の問題だろうな。


~~~~~


「おーい!遅いぞ~!もう3分も過ぎてるぞ~!」


私は約束の時間には少し遅れて、

6時3分に仁夢の家に着いた。

仁夢の家はちょうど私の家と祭りの会場である『八幡神社』の中間に位置していて、会場までは15分ほどかかる。


「悪かったな。私も色々とやることがあったんだ」


この言葉に偽りはない。今日はお祭りだが、まだ夏休みには入っておらず、翌日には普通に学校があり、

宿題など色々としなければならないことがあったのだ。彼がそれをやっているかどうかは知らないが、十中八九やっていないだろう。


「お前は宿題をしたのか?いくら中1だからといっても気を抜いてはいけないぞ」


私の指摘に仁夢は嫌な顔をした。

それはまるで親の仇が目の前にいるような顔だった。

宿題に親を殺されたわけではないだろうに……。

少しの沈黙の後、仁夢はブスッとした顔のまま私に向かって

「そ、そういうのは今言わなくてもいいじゃねーかよぉ。そ、それよりほら!さっさと行こうぜ!」

と、言って、神社に向かって歩きだした。

まったく、やれやれな奴だ。


「はぁ‥‥まったくもって阿呆だな……」


私はそんな小言を呟きながら、電柱の明かりに照らされた道路を仁夢の後ろについて歩きだした。


運命の時は近づいてくる。


仁夢の家から15分ほどくだらない会話をしながら歩き、私達は

神社の鳥居の前に到着した。

普段では、田舎ゆえ夜は車通りも人通りもまったくないに等しいのだが、年に一度のお祭りだけあって

たくさんの人が神社に向かって歩いていた。


「鳥居くぐる時ってどうするんだっけ?」


そう、大人であれば誰でも知っていると思うが鳥居をくぐる時にはルールがある。

それは鳥居をくぐるときは神様の通り道である真ん中をさけ、どちらかの柱に寄って歩く、というものだ。

以前何かの本で読んだことがあるので間違いはないと思う。

私がそれを仁夢に説明すると、納得した様子で、「ああー!そうだったそうだった!」と右側の柱に寄り、

石段を駆け上がっていった。

まったく、元気なものだ…。


「遅い遅い!早くいかねーと『開宴』しちまうよー」


石段の真ん中当たりまで登った仁夢が私にそう呼び掛けた。

私は駆け上がっていく仁夢とは対称的にゆっくりとまるで老人のように登っていた。

運動部に所属している仁夢の体力と

文化部に所属している私の体力には

天と地ほどの差があるのだ。

カイエン

ちなみに『開宴』とは、この祭り独特の習わしで、祭りが始まって30分、つまり午後6時30分の

ヨイノコク

『宵の刻』と呼ばれる時間に、屋台の明かりである提灯や、村全体の電気を全て消して、10発の花火を打ち上げる、というものだ。

確かこの風習の始まりは遥か昔の

平安時代……いや、話すと長くなるのでやめておこう。

まぁとにかくそういうものだというのだけは知っていてほしい。


「わかっているさ……別に先に行っていてもいいんだぞ?」


私は珍しく仁夢を気遣ってそう言う。別にこの石段からでも、というか村の何処にいようが『開宴』の

花火は見えるので別にどうということもないのだ。そんなことより私にとってはいかにこの石段を登るのに体力を使わないかの方が大事なのだ。


「おう、わかった!じゃあ先に行ってるからお前も早くこいよー!」


少しは躊躇するかと思ったが仁夢はあっさりと私をおいて元気よく残りの石段を駆け上がっていった。

薄情だと思われるかも知れないが、この''あっさり''したところが彼の良いところなのだ。

下手にここで一緒に立ち止まられて文句を言われるよりは置いていってもらったほうが断然良い。


「はぁ……やはり長いな…この階段は……」


私は石段の無駄な長さに文句を言い、息を切らしながらなんとか石段を登りきった。

登りきったその先には先程説明した通りの美しい光景に加え、浴衣姿の人々が行き交い、子供がはしゃぎ、屋台のおっちゃんやおばちゃんはタバコをすいながら焼きそばやお好み焼きを作っている、いかにもお祭りといった感じの光景が広がっていた。


「お!なんだそんなとこでへばりがって!」


大勢の人で溢れかえっている参道から、登ってきた階段から一番近くにあった射的屋の後ろに移動し屈んで

息を整えていた私に、いつの間にか近づいてきていた仁夢がそう声をかけた。

その手にはもうすでに醤油味の団子と、チョコバナナが握られている。

私が苦労して石段を登っているうちに彼はお祭りを満喫するべく努力していたらしい‥‥‥


「……ふぅ。お前も私の体力が無いのは承知の上だろうが」


「そりゃそうだ!なんせ幼稚園からの付き合いだからなぁ」


私と彼の付き合いの話は話せば長くなるので割愛するが、幼稚園からの腐れ縁だということは確かだ。


「そろそろ『開宴』するし、いつもの場所に行こーぜ!」


彼がいう『いつもの場所』とは、

参道をまっすぐ突き進んだところにある本殿の裏のことで、ちょうどよい暗さが花火をより映えさせる知る人ぞ知る名スポットのことである。

私は彼の誘いを肯定するつもりだったが、どうしようもない尿意が襲ってきたので「すまない。ちょっとトイレに行ってくる」と断りをいれ

ると、彼は見るからに不満そうな顔をしたが「早くしろよー」とだけ言って、一人で『いつもの場所』に歩いていった。

それと同時に私もトイレへと駆け出した。


~~~~~


『運命』とは、偶然や奇跡などとも言い換えることができる。

が、私とあの不思議な少女との出会いは、きっとこの『運命』という言葉以外は不適切だろう。

少なくとも私は、あの少女との出会いは偶然でも奇跡でもなく、あらかじめ決まっていた『運命』なのだと

考えている。


~~~~~


「ふぅ……」


私は、参道から大きく外れた少し開けている場所に設置されている簡易公衆トイレで用を足した。

あれだけ大勢の人がいたというのに、不思議なことに今は私一人だけなので、静かすぎて少し不気味なぐらいだ。


「早くいかなければ花火がうち上がってしまう…。これは仁夢に怒られるな……」


そんなことを呟いた時、夏の熱帯夜とも思えぬ凍てつく天狗風が吹き、

私は思わず腕で顔を庇った。

風が吹きやんだあと、腕を下ろすと、いつの間にか私の目の前に

狐のお面を被った少女がこっちを向いて立っていた。

これはなんと奇っ怪なことか…。

いやでもどこかに隠れていて今の風でビビって出てきたということも……。

私は目の前に突如として現れたお面の少女に対して様々な思索を巡らすが、何をどう考えても今の様な状況に辿り着くのは不可能だった。


「あなた…私に惚れたでしょ?」


「は……?」


その瞬間、「開宴っ!!」という野太い叫び声と共にドォォォォォンッという花火の音が響き渡った。

私は思わず「あっ」と空を見上げたが、彼女は相変わらず表情のわからないお面の顔を私の方に向けたままだった。


「……綺麗ね」


花火を見ながら口をあけて呆けていた私を、少女のその言葉が現実に引き戻した。

三十六計逃げるに如かず、というので一瞬この得体の知れない少女から逃げることも考えたが、私の数少ないプライドと……なにより……

私が彼女自身が言うように彼女に一目惚れしてしまったのかもしれない……というのもあり、その選択肢は消え去った。


「あ……ああ。そうだね…」


こんなとき気の利いた台詞の一つでも言えれば、と私は私を呪った。

しばらくの沈黙の間、静寂に響くのは花火の音と木々のざわめき。


「あ、終わっちゃった……」


十発の花火が全て打ち上がり終わったあと、お面の少女が悲しげにそう呟いた。お面からはみ出した美しく長い黒髪が風に揺れ、怪しい色気を醸し出している。浴衣というのもまた良い……。

一体彼女は何者で、何歳で、何処に住んでいるのだろうか……。


「あ、あの…」


「なぁに?」


私は勇気を出して少女に話し掛けた。もうどうとでもなれという

やけっぱち根性だが、男には時にこれぐらい潔くならなければならない時もあるのだ。


「君は…この村の人……なのか?」


「うーん……どうかしらねぇ」


私の問いに、少女は可愛く首をかしげながらそう答えた。

か、可愛い……

この時、私の心拍数は加速度的に上がっていった。こんなことは始めてなので、私は今の感情をただ大まかに一目惚れとしか表しようがなかったのだ……。


「ねぇ……私ってさ…どぉ?可愛いと思う……?」


少女は改めて私の方を見てそう尋ねた。当たり前だ!私は心の中で叫んだが、それを言葉にするほどの度胸は残念ながら私にはない。

お面を被っているのに視界は遮られていないのだろうかというのは気になるが、彼女の美しさの前ではそんな疑問は無駄である。


「あ、ああ!勿論!その…まるで…この月の様な……」


「嬉しいわ。ありがと!」


「こんなことなら、いつでも大丈夫さ。だから…また、会ってくれないかな……。ちょっと今日は、これ以上ここにいられないんだ…」


もうすでに私の心は彼女に鷲掴みにされてしまっている。できることならもっと話していたいのだが、仁夢の事をすっかり忘れていたのを思いだし、帰らざるをえなくなってしまった。


「うん、私いつでもここにいるから。よかったらまた会いに来て。

じゃあまたあいましょ!この場所で」


「必ず来るよ!じゃあまた!」


いつでもここにいる、という意味はよくわからないがこの少女にまた会えるという喜びで浮かれている私にはどうでもいいことだった。

私は、提灯の灯りで照らされた賑やかな参道に向けて走り出す。

これは仁夢に殴られるだけじゃすまないな……


~~~~~


これが、私の初恋の人との出会いだった。

だが、この話はまだ続く。

どうか、諸君らに私のこの初恋の行方を聞いてほしい。


この、滅法不思議な少女との、初恋の話を………























































































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