深海紳士録 ④スーパーは深海博物館

 奇怪で愉快な深海生物を取り上げてきた当シリーズ。

 前回までは、クジラの骨に形成される生態系を説明しました。

 今回はテーマを一新し、身近な深海生物を紹介したいと思います。


「身近な深海生物」なんて言葉を聞いたら、多くの方は首をかしげるかも知れません。

 彼等の住処すみかは、水深200㍍以深いしんの深い場所です。事実、ホネクイハナムシやゲイコツナメクジウオを海水浴で見掛けることはありません。


 深海生物の多くは、水族館や図鑑でしかお目に掛かれない存在です。

 しかし実は、街中まちなかには普通に彼等と巡り逢える場所があります。

 そう、スーパーや回転寿司です。


 我々が普段口にしている魚介ぎょかいるいには、深海産の生物が少なくありません。


 例えば鍋に缶詰に引っ張りだこのズワイガニは、水深20㍍から1200㍍ほどの範囲に棲息しています。


 甲羅に付着している黒い粒は、カニビルの卵です。

 カニビルは海に棲息するヒルで、ミミズのように細長い姿をしています。

 成体は10㌢ほどの大きさで、魚の体液を吸って生活しています。


 とは言え、カニビルにとってズワイガニは、ただの産卵場所です。体液を吸うことはありません。


 彼等がカニを産卵場所に選んだのには、深海の環境が影響しています。


 大抵の場合、深海の底には柔らかい泥が堆積しています。

 安心して卵を産み付けられるような岩場は、ほとんど存在しません。


 そこでカニビルが目を付けたのが、岩のように固い甲羅でした。移動するカニに卵を産み付けると言う選択は、彼等の棲息域を広げることにも繋がりました。


 ものに多用されるスケトウダラは、水深400㍍から1200㍍辺りに棲む深海魚です。


 スケトウダラの卵巣らんそうは、「タラコ」と言う名前で流通しています。また同じくタラのミナミダラも、卵巣らんそうがタラコの材料に使われることがあります。


 ミナミダラはタラの仲間で、体長は50㌢前後です。ニュージーランドや南米に棲息し、水深480㍍から650㍍程度の範囲で生活しています。


 卵もまた魚だとするなら、我々は日々、コンビニで深海魚と遭遇していることになります。遙々海の底からやって来たかと思うと、ありふれたおにぎりも味わい深くなるのではないでしょうか。


 煮付けとしてきょうされるキンメダイも、水深200㍍から800㍍辺りに棲む深海魚です。また弁当に入っている白身フライには、ホキやメルルーサの魚が使われています。


 ホキはタラの仲間で、体長は40㌢から100㌢程度です。ニュージーランドやオーストラリア南部に棲息する魚で、水深200㍍から1000㍍付近を住処すみかにしています。


 銀色の身体は平たく、尾は先細りになっています。

 口は非常に大きく、口角は目の下にまで達しています。


 メルルーサの魚もまたタラの仲間で、英語では「ヘイク」と呼ばれます。


 給食から加工食品まで幅広く使われている魚ですが、近年までは知名度の低い存在でした。しかし食への関心が高まっていることもあり、最近はテレビに取り上げられることも少なくありません。深海魚に明るくない方でも、一度や二度は彼等の名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。


 代表的な種であるニュージーランドヘイクは、アルゼンチンやチリ、ニュージーランドなどに棲息しています。最大130㌢ほどにもなる巨大魚で、水深600㍍から1000㍍辺りに分布します。


 ホキ同様、彼等も銀色の身体を持ち、平たい体型をしています。

 やはり口は大きく、目の下まで開くことが可能です。彼等は肉食で、他の魚やイカ、エビなどをエサにしています。


 回転寿司では、深海魚を他の魚の代用として使っていることも珍しくありません。しかしなぜ、わざわざ海の底から材料を調達しているのでしょう?


 長くなったので、今回はここまで。

 次回は深海魚が重宝される理由を探っていきます。


 参考資料:深海魚 暗黒街のモンスターたち

          尼岡邦夫著 (株)ブックマン社刊

      特別展「深海 ―挑戦の歩みと驚異の生きものたち―

                      公式図録

            国立科学博物館 海洋研究開発機構

                       東京大学執筆

          読売新聞社 NHK NHKプロモーション発行

      似魚図鑑

          伊藤淳発行 (株)晋遊社刊

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