語源百景 歌舞伎篇 ①下手な役者はなぜ「大根」と呼ばれるのか?

亡霊葬稿ゴーストライターマスタード』劇中において、〈シュネヴィ〉の提灯ちょうちんからは骨製の風車が飛び出しました。


 以前、『亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』の番外編(『拍子抜けはさせない提灯ちょうちんけ』)で紹介した通り、この能力は歌舞伎の「提灯ちょうちんけ」をモチーフにしています。


 歌舞伎の「東海道とうかいどう四谷よつや怪談かいだん」には、お岩さんの亡霊が提灯ちょうちんから現れる場面が登場します。


提灯ちょうちんけ」はここに使われる演出で、江戸時代に行われた初演から観客の度肝を抜いてきました。

 考案したのは江戸時代の劇作家・鶴屋つるや南北なんぼくで、彼は「東海道とうかいどう四谷よつや怪談かいだん」の作者としても知られています。詳細な仕組みや鶴屋つるや南北なんぼくについては、『亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』の番外編をご覧下さい。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881358290/episodes/1177354054881957382


 歌舞伎の世界では、「提灯ちょうちんけ」のように大掛かりな演出を「外連けれん」と言います。


 歌舞伎に詳しくない方でも、「ケレン」と言う単語には聞き覚えがあるのではないでしょうか。

 そう、世間ではハッタリのいた物語を、「ケレンがある」と形容します。


外連けれん」と「ケレン」。


 二つの言葉が似ているのは、偶然ではありません。何を隠そう「ケレン」と言う単語は、歌舞伎の「外連けれん」から誕生しました。


 今でこそ一般人には縁遠い歌舞伎ですが、江戸時代は庶民の娯楽でした。

 人々の生活に浸透した文化は、多くの単語を生み出します。

 現に最近では、グーグル先生が「ググる」と言った単語を誕生させました。


 歌舞伎もまた例外ではありません。

 我々が日常的に使っている言葉には、歌舞伎を語源にするものが数多あまた存在します。


 例えばイケメンを意味する「二枚目」は、芝居小屋の入口から誕生した言葉です。


 江戸時代、芝居小屋の正面には、出演する役者を記した看板が掲示されていました。

 看板の先頭を飾るのは、「し」と呼ばれる主役でした。

 そして続く二枚目には、多くの場合、「色男を演じる役者」がかかげられていたと言います。転じて「二枚目」は、美男子を指す言葉になったそうです。


 同様の語源を持つのが、「三枚目」です。

 主役、色男に続く三枚目の看板を飾るのは、大抵、「滑稽こっけいな役を演じる」俳優でした。このことから、お調子者や剽軽ひょうきんな男性を、「三枚目」と呼ぶようになったそうです。


 一説には下手な役者を指す「大根」も、歌舞伎から誕生したと言われています。


 なぜ数ある野菜の中から、大根が比喩に用いられたのか?


 その理由には諸説あり、正確なことは判っていません。

 そこで今回は、作者の調べた説を幾つか紹介したいと思います。


 ①白(シロ)い大根を、演技の素人(『シロ』うと)と掛けた。

 ②滅多に「食あたり」しない大根を、作品が「当たらない」役者と掛けた。

 ③洗練されていない役者を、見た目がもっさりした大根に見立てた。


 ②に関して補足すると、大根には実際に、消化を助ける働きや殺菌作用があるそうです。種子は生薬しょうやくの一つで、消化不良や痰に効果があると言われています。

 尚、生薬しょうやくや漢方に関しては、『亡霊葬稿ゴーストライターシュネヴィ』の番外編(『ショックな生薬しょうやく!』)で詳しく解説しています。宜しければ、目を通してみて下さい。


「大根」や「二枚目」同様、歌舞伎役者から誕生した言葉に、「顔見せ」があります。


 多くの人に初披露すると言う意味で使われるこの言葉は、漢字で「かお見世みせ」と書きます。

 江戸時代、歌舞伎役者や舞台関係者は、芝居小屋と契約を結んでいました。

 雇用期間は1年間で、毎年11月から翌年10月までだったそうです。


 毎年11月になると、各芝居小屋から契約を結んだ役者やスタッフが発表されました。同時にさっそく公演を行い、新たな顔ぶれを世間に認知させたと言います。


かお見世みせ興行こうぎょう」と呼ばれるこの公演は、芝居小屋にとって最も重要な行事でした。

 江戸っ子からの人気も絶大で、初日には徹夜して並ぶ観客もいたそうです。やがて「新しい顔を人々に初披露」する「かお見世みせ」は、現在の意味で使われるようになりました。


 かお見世みせ興行こうぎょうは毎年の恒例行事として、幕末まで続きます。しかし、徐々に雇用契約と言う制度がすたれ始め、特別な興行も行われなくなっていきました。


 とは言え、「かお見世みせ」の名前が完全に消えたわけではありません。


 現在でも歌舞伎の世界では、「かお見世みせ」と銘打めいうたれた公演が行われています。昔のように契約した役者を紹介する場ではありませんが、普段より豪華な出演陣が登場し、観客を楽しませています。


   参考資料:面白いほどよくわかる歌舞伎

            宗方翔著 (株)日本文芸社刊

        ことばの道草

            岩波書店辞典編集部編 (株)岩波書店刊

        暮らしのことば 語源辞典

            山口佳紀編 (株)講談社刊

        文化デジタルライブラリー

            http://www2.ntj.jac.go.jp/dg

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