第13話:告白とは監視される行為なり(後編)
◆◇◆◇◆◇
「それで? 桜木さん、何目指してるわけ?」
「目指す?」
美世の質問に朝日はたじろぐ。
「そう。モデルなら誰みたいな感じで統一したいの? ブランドとかは?」
朝日は首を左右に振る。あいにく、朝日は当世のファッションについてもおしゃれについても素人だ。
「よく、分からないかな……。ごめん」
いたたまれなくなったのか、寺谷が助け船を出す。
「ニッシーいじめるなって。桜木ちゃん、あれッスよ。初心者じゃない? お前みたいに暇じゃねーから。って言うか、ニッシーから見て今の桜木ちゃんどんな感じよ。同じ女子として、真面目なアドバイスお願いしまーす」
「ふ~ん、そうなんだ……」
案外と優しい寺谷のフォローにほっとする朝日をよそに、素早く美世は朝日の全身に目をやる。
「ど、どう……」
まるで達人に射竦められたかのように、体が固まってしまう。
「ああ、もっとリラックスしてよ。別にアイドルのオーディションじゃないし。あたしだってモデルとかじゃないってば」
何度か肩や首の辺りを見てから、美世は唇の端に笑みを浮かべた。
「桜木さん、背高いよね」
「ま、まあまあかな」
「いいよね。身長あると似合う服増えるし。あたしも、せめて後三センチって思うことあるから」
「あ、ありがとう」
おしゃれな美世にそう言われると、朝日としても結構嬉しい。自分の高身長が、ほかの女子に好意的に見られているとは予想外だ。
「でも、女子に身長って必要なくね? 自分のカノジョが自分見下ろしてたら、プライド傷つくでしょ?」
「男目線で適当に言うな。忠っちのアドバイスじゃ桜木さん絶対変になってたってば」
寺谷の異議に、美世は嫌な顔をする。
「女子ヒール高い靴履くじゃん?」
「それは時と場合。桜木さん、わりと筋肉質だから身長ある方がいいよ。でしょ?」
「一応、武道とかやってるから」
同意してから、朝日ははっとした。
「……腕とか太いかな? 脚も太い?」
深刻そうな顔で、朝日は美世にすがる。この豹変は、中学校時代のデストロイヤー朝日というあだ名の弊害だ。いや、もっと言うならばメスゴリラという陰口が原因である。まだ朝日が中学生の頃、奥義「開花白刃」を会得するべく、彼女は剣に心血を注いでいた。学校でもひたすらに鍛錬に打ち込む彼女の姿は、あいにく男子には不評だったらしい。
◆◇◆◇◆◇
――それは、真夏の放課後に汗だくになりながら素振りを終えた朝日の耳に入ってきた言葉である。
「格闘技とかやってる女子ってさあ」
声の主は、クラスで結構人気だったサッカー部の犬飼だった。隣のクラスの男子と親しそうに話している。つい、朝日は彼の言葉に耳を澄ませた。
「男より強くなるのに命かけてるみたいで正直退かない?」
「あ、分かる。だよな」
「だよな。ゴリラ?」
「メスゴリラ?」
そう言って、犬飼はもう一人の男子と楽しそうに笑っていた。彼らは朝日個人を揶揄したわけではなかったのだが、ショックだった。いくら桜木の人太刀でも、クラスの男子から「退く」と言われて傷つかないわけがなかった。朝日の自分に対するイメージに、ゴリラが混じった瞬間である。
◆◇◆◇◆◇
「全然。本当に全然大丈夫。まったく気にしないで。むしろいい感じだって」
しかし、自分の二の腕や脚を触って悲惨そうな顔を浮かべる朝日に対し、美世はそう言って彼女のトラウマを払拭した。実際、朝日は均等に鍛えられた体の持ち主だが、だからといって筋骨隆々には程遠い。むしろ、抜き身の日本刀のような細く鋭い体形である。
「いいよね~アスリート体型。あたしなんか運動しても筋肉つかなくてさあ。食べたらすぐ贅肉になりそうだから、本当は甘いものとか控えなくちゃいけないんだよね。羨ましいなあ。桜木さんがその状態で身長だけ縮んだら、やたら筋肉が目立って体形崩れちゃうと思うんだ、あたし。だから、身長も筋肉も今が一番バランスいい感じ」
そう言われ、朝日は何となく自信が持てるような気がしてくる。
「それじゃ、次は顔とか髪とかは?」
寺谷がそう言うと、もう一度美世は朝日をじっと見る。
「もっとその……お化粧とか、必要かな」
たじろぐ朝日だが、美世は平静だ。
「桜木さん、武道やってるんでしょ」
「うん」
「朝練とか毎日?」
「もちろん」
「結構ハード?」
「たぶん」
自分ではハードとは思っていないが、朝日はそう答える。
「じゃあ、これも今のままでとりあえず保留かな」
「どうして? 何か、足りないものとかない?」
不思議そうな顔をする朝日に、美世は丁寧に説明する。
「毎日朝練して汗かいて、その上さらに時間かけてメイクとか非現実的。きちんと手入れして、きれいにして、清潔にすれば問題ないって」
「そうかな?」
確かに、美世の言うことは筋が通っているように思える。
「だって桜木さん、マジメに格好いいから」
「か、格好いい?」
朝日は驚く。格好いいなんて、生まれて初めて女子に言われた。
「ほら、オタクのコスプレ愛好会とかあるから、そこで執事の男装とかしてみれば? 結構人気出るって」
美世の言葉に、神速で寺谷が同意する。
「あ~、言われてみればそうだわ。『お帰りなさいませ、お嬢様』なんて言われたら女の子落ちるの確定だわ。マッハだわ」
「お、男の格好なんてしたくない」
慌てて朝日は首を左右に振る。
「なんで? コスプレだよ」
美世は平然と聞くが、朝日は深刻な顔で答える。
「ただでさえ私は武道とか男っぽいことをしてるんだ。これ以上そうなったら……」
しばらく美世と寺谷は朝日の返答にあ然としていたが、すぐに顔を見合わせて相好を崩す。
「はいはい、やっぱり桜木さんってばマジメだし」
「ニッシーと違ってな」
「うるさいし」
寺谷をよそに、美世が体をすり寄せるようにして朝日に近づく。
「あのさ、女が執事の格好して似合うってどういう意味か分かる?」
殺気は感じないが、朝日は一歩下がる。
「全然」
美世の方が朝日よりもやや背が低いため、彼女は朝日を見上げる姿勢になる。その上目遣いで、美世はいたずらっぽく笑って言う。
「格好いいのと綺麗なのといいとこ取りって意味。ねっ?」
望外の誉め言葉に、朝日はとりあえずぎこちなく笑うしかなかった。本音を言うならば、中学校の時にこうアドバイスされたかった、とかすかに思いつつ。
◆◇◆◇◆◇
「でもやっぱり撃沈かぁ……」
「いやマジで女子も少しは学べよって思うけど」
朝日の横で、寺谷と美世が顔を見合わせてうなずいている。美世のファッションチェックが終わり、三人の話題はつい先程まで行われていた狭霧への告白の結果についてだった。寺谷も美世も、狭霧への告白が失敗に終わって当然といった顔をしている。
「あんな男子に釣り合う女子いないって。あのクソ美形の隣にいて自然な奴、誰かいるわけ?」
「
「全然釣り合わねー」
「GO!GO!文京のシノニシ」
「當麻が泣くって」
「EVA」
「ありゃメイク超人だろ」
「クイーン・ダンディー」
「オカマじゃねーか!」
次々と朝日の知らない有名人の名前を連呼した美世だが、しばらく黙ると……。
「……桜木朝日」
唐突にそんなことを言うなり、朝日を指差した。
「はああぁ!?」
いきなり自分の名を呼ばれ、朝日は跳び上がらんばかりに驚く。
「……アリだな」
しかも、それまで駄目出しを続けてきた寺谷が、打って変わって真面目な顔で首肯しているのだ。
「アリかも」
美世も首肯する。
「アリですねぇ!」
「わりとアリ?」
「ちょっと待ってってば! 何で私があいつと?」
どうして自分と狭霧をくっつけようとするのか。朝日は理解できずに二人に詰め寄るが、寺谷は一歩下がると美世とコント紛いの何かを始める。
「ニッシー聞いた? あいつ発言ですぞ?」
「初城台高校全女子の憧れの王子様を、親しげに『あいつ』呼ばわり?」
「これは重大発言でーす! SCOOP!」
「和風の王子と和風の桜木さんなら?」
「エフェクト重複で効果は二倍?」
「二人で並べば?」
「美女と野獣?」
「どっちが野獣だよ!?」
「じゃあ野獣と野獣」
「20点。ボケがありきたり」
延々と漫才を続ける寺谷と美世に、そろそろ朝日は怒り出す。
「じょ、冗談じゃないから!」
だが、気魄をまとう彼女の怒気は、なぜかこの二人には通じなかった。
「何ですか何ですかその照れ隠しは。素直じゃないのもポイント地味に高いですねぇ!」
やたらと盛り上がる寺谷の隣で、美世はぐっと朝日に顔を近づける。
「ねえ、じゃあ、王子の告白シーン見てて想像したりしちゃった?」
「何を?」
「もし自分が王子に告白したらって場面。じゃなくて、逆に王子が桜木さんに告白したらって場面でもいいけど」
「もし、あいつが……」
美世の言葉に、朝日は想像する。誰もいない二人きりの場所に立つ狭霧と自分。自分が告白するなんて考えられないから、美世の言う通り相手が告白する場合だ。さて、あの頭角は何て言うんだろう。
「君が好きだ」?
「心から愛してる」?
「俺のものになれ」?
一瞬、朝日は激しいめまいさえ覚えた。
「そんなことされたら……」
鋼のように冷たい口調で、朝日は地面に落ちている握りこぶしほどの石を左手で拾い上げる。同時に右手で、地面に生えていた雑草の細長い葉をむしって指に挟む。躊躇なく、朝日は右手の石を真上に放り投げた。丹田に満ちた気魄を手に伝え、さらには指先へ。流れるように体外に出た気魄は、柔らかく薄い雑草の葉を、鋭い刃に変える。
朝日が素早く手を振ると、落下途中だった石が真横に切断されて地に落ちた。ただの一枚の葉が、石を豆腐のように断ったのだ。
「これが答えだ」
朝日は自分の思いを告げる。すなわち、狭霧の告白に対する答えは「斬る」という一語のみであることを。ややあって、寺谷と美世は顔を見合わせる。
「……アリですか?」
「……たぶんアリ?」
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