9月第3月曜日 敬老の日 5

「ええと、とりあえず、すみませんでした」

「いや俺も。お前に頭下げんのは癪だけどよ、今回ばかりは下げとく。すまん!」

「何だ何だ、お前ら。気ッ持ちわりぃなぁ」


 テーブルの上のご馳走も粗方食べてしまい、一度冷蔵庫へと下げていたケーキを再び中央に配置した後で、「そろそろプレゼントを渡すタイミングなんじゃなぁい?」と千尋が言い出した。


 確かにタイミングならいまだろうと章灯しょうと長田おさだを除く面々が首を縦に振ったところで、咲とあきらがそれらを運んで来る。そして、大きな箱と小さな紙袋を目の前にした湖上こがみが、どちらから開けようかと悩んでいた時、それらを選んできた当人達が揃って頭を下げたという経緯であった。


 湖上以外の人間も、なぜ彼らがそこまで平身低頭なのかがわからない。どういうことだという気持ちを込めて郁を見つめてみたが、さすがその視線の意味までは汲み取ったものの、その答えについてはわからないと首を振られてしまった。郁がわからないとなれば晶や咲、ましてや遼に聞いたところでわかるわけがないだろう。もしやダークホースで千尋が? とも思ったが、こいつに聞くのはなかなかに癪だ。


 さてどちらがその謝罪の具体的な内容について口を開くのかとギャラリーがそわそわしだした時、やはりその続きを語ったのは章灯だった。


「あの、このプレゼントに関してなんですけれども。一応ですね、俺もオッさんもかなり悩んで、まぁ、最終的にはこうなったわけですけれども、それでも何ていうか、んー、まぁ、コガさんになぁ~みたいな部分はあるというか……」

「何の話だよ」

「で、でも! 案外イケるんじゃないかなぁっていうのが、俺らの共通認識で、ですね。新境地開拓というか……」

「だから何の話だよ」

「ただその誤解しないで欲しいのは、これは別にそういう意味のじゃないってことなんですよ。『その時』が来たら、その時は本物を贈りますから!」

「さっきから何言ってんだ、お前」


 ぐだぐたと言い訳めいた言葉を羅列するだけで一向に進まない内容に、湖上は怒りを通り越して最早呆れ顔である。ここまでのクッションを挟まなければならない『プレゼント』とは一体何なのか。


「お前仮にも『全国区のベテランアナウンサー』様なんじゃねぇのか。しっかりと伝えろよ、おい」

「コガ、落ち着け。章灯は混乱してるだけだ。任せろ、章灯。ここはビシッと最年長の俺がだな……」


 何とも頼もしいことを言いながら、長田が章灯の前に立った。


「コホン、あっあー。ううん、えーと、その……」

「早くしゃべれよ!」


「いっそ開けてしまった方が早いのでは」


 意外にも現状打開の一言を放ったのは晶だった。

 その場にいる誰もが「あっ……」と声を上げる。最も、章灯と長田に関しては、若干意味合いが違うのかもしれなかったが。


「……これは」


 全員が固唾を飲んで見守る中、最初に開けられたのは大きい箱の方だった。中に入っていたのは――、


「服、だな」


 服なのであった。


「しかも、赤の」


 そう、赤の。


「んで、何でこんなにたくさん?」


 テーラードジャケットに、太めのボーダーカットソー、鋲の付いたタンクトップにチェックのシャツが数枚、それから黒いインクを零したような柄の入ったスキニーパンツ。ジャケットがほぼエンジ寄りである以外はそのどれもが赤であった。


「そうだよね。どうしてこんなに赤ばっかりなの? 


 そう口を滑らせたのは千尋だった。その一言で章灯と長田が同時にぎくりと肩を震わせ、もしやこれは失言だったかと口をつぐむ。


「……還暦、だとぉ……?」


 案の定、『色』の意味に気付いた湖上が額に血管を浮き上がらせ、2人を睨む。


「成る程、『その時が来たら』の『その時』ってぇのは、還暦のことか。っつーことはなんだ、こりゃ赤いちゃんちゃんこの代わりっつーことか? あぁん?」

「ばぁっかお前章灯! お前が余計なこと言うから――」

「すすすすみません!」


 その場にいる誰もが「こりゃあ2、3発かな」、とそう思った。晶に至ってはそれをどうにか阻止出来ないものかと湖上を取り押さえるべく両手を構えている。


 しかし――、


「かぁーっこいぃ~いっ!」


 ピリピリした空間に、場違いなまでの明るい声が響いた。


「――は?」


 拍子抜けしたような声を上げた湖上の前に、ジャケットを持った遼が嬉々として駆け寄ってくる。


「ね、着て! 早く早く!」


 足をじたばたさせ、ぐいぐいとそれを押しつけてくるその熱意に負け、「お、おう」と言いながらそれを羽織った。


「似合ーうっ! ね? ほら、ね? 絶対似合うと思ってたんだ! さすが章灯君、センス良いじゃん!」

「――え? あ、ありがと……?」

「ほらぁ、こことか」


 そう言いながら胸についているエンブレムを指差す。それは王冠を斜めに被ったドクロのモチーフのもので、もちろんメンズ用ではあるのだが、顎の下には大きめのリボンが、恐らくは蝶ネクタイのつもりで結ばれているというデザインである。


「ああ、これはね、ここのブランドのマークっていうか……」

「そうなんだ! パパが着るやつとは全然違う! 恰好良い! 晶君とか、章灯君みたい!」


『パパと着るやつと違って、恰好良い』


 そんな言葉で肩を落とす千尋パパを余所に、遼はかなり興奮している。確かに千尋にはこの手のジャケットは似合わないし、実際にここのブランド『Beautiful world』は晶と章灯も御用達である。遼は幼いながらにもなかなかに見る目があるのだった。


 呆気に取られる大人達の真ん中で、遼は瞳をキラキラさせてその他の服も湖上に宛がっている。どうやら彼女の好みにストライクだったらしい。


「これも! これも! 恰好良い! おじいちゃんってばどうしていままで赤着なかったの? もったいないじゃん!」

「遼、ちょっと落ち着け。さすがに全部着たら馬鹿だ」


 危うくすべての服を一度に着させられそうになり、さすがの湖上も冷静になったようである。


「そうなの?」

「当たり前だろ」

「そうなんだぁ。あー、でも、良かったぁ」

「良かった? 何がだ?」

「これで証明されたから」

「証明?」


「おじいちゃんはやっぱり正義の味方だし、主役だよ! この色、やっぱりおじいちゃんの色だもん!」


 無邪気な遼の言葉に皆が首を傾げた。ただ一人、湖上を覗いて。彼はまだ少し強張っていた身体の力をすとんと抜き、呆けたように「へへ」と笑った。


「……あったり前じゃねぇか。俺だぞ?」


 精一杯虚勢を張ってそう言ってみる。

 数メートル先にあった姿見に映る赤いジャケット姿の自分も確かに悪くはない、と思いながら。

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