9月第3月曜日 敬老の日 4

「……何だこれ、おい」


 今日はおじいちゃんとご飯食べたい! という可愛い孫の駄々に負け、小林家に足を踏み入れた湖上こがみは、驚いているのか怒っているのか呆れているのか判断のつかない声でそう言った。


「……おい、何だってんだって。なぁ」


 誰一人、彼が納得するだけの答えを返してくれず、湖上は尚もそう言った。一番近くにいた章灯しょうとの首根っこを捕まえ「おい、章灯!」と呼びかけるも、なぜか彼は決まりの悪そうな顔で視線を逸らしてしまう。


「ちょ、何だよ。おい、オッさん!」


 そして、それは長田おさだも同様なのだった。

 しかしどうやら様子がおかしいのはこの2人だけらしく、あきらかおるが無表情なのはいつものことだし、千尋が女装しているのもある意味平常運行だ。


 ただ、数日前にも顔を出した小林家のリビングが、今日は何かしらのパーティー会場よろしく飾り付けられていること、その点においても平時とは大きく異なると言わざるを得ない。そしてその主役が自分であるらしいことは、テーブルの中心に陣取っているホールケーキに描かれた微妙に似ているイラストが物語っていた。


「おい、俺の誕生日は、えーと『3ヶ月』も前に――……あっ!」


 3ヶ月前。


 自分でそう言って、そういえばと気付く。いまが9月ということに。


 9月の……今日は……。


「おいまさか、『敬老の日』じゃねぇだろうな。俺まだ52だぞ!?」


 案の定、というのか曖昧だった諸々の感情が『怒り』に傾きかけたその時、郁が一歩前に出た。


「あら、湖上さん知らないの? 敬老の日って、最近じゃ労働の『労』の字をあてるのよ? つまり、日々の『労』を敬う日、今日はいつも頑張ってる湖上さんを敬うための日なの」


「――はぁ?」

「まさか湖上さんが最近の流行を押さえてないなんて……」

「ばっ……、ばぁっか野郎! この俺が知らないわけねぇだろう! 振りだよ、振り!」


 湖上は慌ててそう誤魔化したが、頭の中では「そうだったっけ?」と疑問符だらけだ。それもそのはずである。そんな流行など存在しない。冷静になって考えればわかることだ。百貨店で大型スーパーでも『おじいちゃんおばあちゃんありがとう』だの、もしくは英語でそれらしいことが書かれたポスターがベタベタと貼られ、シルバーカーだの杖だのお茶のセットだのが陳列されている。それに、事実、『敬』なのだとしても、何故彼のみを敬うのか、という部分も謎である。


 しかし、さも当たり前のようにすらすらと紡ぎ出された郁の言葉に、仕掛ける側も一瞬信じかけた。とはいえ、遼はきょとんとしていたが。


 これが『逃げ道』か。


 まったくこいつの口のうまさには頭が下がる。

 こういうところに頭が回るのはコガさんにそっくりだ。


 晶はそんなことを思った。


 そんな彼女の視線に気が付いた郁は「ね?」といった顔でウィンクをする。ふん、と鼻をならして目を逸らした。


「じゃ、改めまして、敬『労』のお食事会を始めましょうか」


 郁が、パン、と両手を鳴らすと、リビングのど真ん中に設えられた長テーブル(小林不動産からのレンタル)に皆がわらわらと集まっていく。


「おぉ、郁の飯久し振りだなぁ」

「お願いだから、晶と比べないでちょうだいね」

「比べるわけねぇだろ、それぞれの味っつーのがあるんだから」


 そう言いながら、次々と料理を口に運ぶ。晶も黙々と食べている。時折「ううん……」なんてことを呟いて。それは『これは参考になる』なのか、『まぁまぁかな』なのか。


「ママのご飯美味しい!」

「郁ちゃぁ~ん、美味しい~!」


 2人はあまり似てない顔を同じように綻ばせている。そうすると不思議と似てくるのがさすが親子と言ったところであろう。


「郁さん、美味しいです」

「あら、山海やまみさんに誉めていただけると自信がつきますね。晶のには劣りますが、たくさん食べてくださいね」

「劣るだなんて、そんなそんな……」


 そう章灯が慌てて否定する脇で。


「私も頑張らないと……!」


 と、闘志を燃やす咲。そして、


「俺にゃお前の料理が一番だよ」


 とさりげなくのろけてみせる長田おさだの姿がある。


 これじゃただの食事会だな、と思って湖上は苦笑した。


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