9月第3月曜日 敬老の日 6
「それで結局、あの小さい方は何だったの?」
それをこっそりと隠し、どさくさに紛れて
「んー、まぁ、びっくり箱みてぇなもんだな」
「びっくり箱? 中からびよよーんって飛び出すやつ?」
「実際には飛び出す――のはちょっとだけだけどな。でもコガだからなぁ、案外そこまでびっくりしねぇかな」
「え~、何だろうー。ねぇ、そこは聞かない方が良い? 男同士の秘密?」
「いんや、それほどのことでもねぇよ。あれはさ――」
「そういえば、プレゼントってもう1つありませんでしたか?」
一方その頃、
「――え? あ、おう。さすがにあれだけならなぁって思ってたら、オッさんが良いの見つけてきたんだよ。でもそれこそコガさんの柄じゃないような気もしたんだけど」
「へぇ。何ですか?」
「ふふふ。オルゴールだ」
「オルゴール?」
「まぁ、言っちゃあただのオルゴールなんだけどさ、見た目と曲がもう『これだ!』って感じでさ」
そう言いながら、章灯は晶の視線から逃れるように窓の外を見た。きらびやかなネオンがあるわけでもない、ただの閑静な住宅街である。ただ、ちょっと気の早い家が数軒あり、ハロウィンに向けたイルミネーションが静かに光っている。それが隣あっている家などは、どちらが美しいかと競い合っているかのようにも見えた。
「蓋を開けるとさ、中からひょこって飛び出て来るやつなんだよ」
「へぇ。何が飛び出るんですか?」
「カップル。タキシード着た男の人がドレス姿の女の人をお姫様抱っこしてんだ」
「へぇ」
「まぁ、偶然なんだけどさ、女の人は髪が長くて、男の人は――銀髪なんだよな」
「……へぇ。それで、曲は……?」
「『ムーンリバー』。――な? 出来過ぎだろ?」
「それは確かに」
「極めつけは、その箱がさ――」
さんざんに赤い服ばかりを買ってしまった2人が苦肉の策で飛び込んだアンティーク風の雑貨屋に、それはあった。せっかくだから何かそれらしい雑貨でも、と店内を物色していた時、長田が「あ」とオルゴールのコーナーで足を止めたのである。曲のサンプル用らしいそれは、透明な箱の中に金色のオルゴールが入っているだけというもので、全てのぜんまいが巻かれている上に、蓋も開いていた。1つ1つは控えめな音であるものの、それらが一斉に奏でられているとなれば、最早音の洪水である。
長田は値段と共に明記されている曲名を確認しながら1つずつ蓋を閉めていく。やがて、重なり合っていた音が1つ、また1つと消え、店主の趣味らしいヒーリングミュージックの他には、最後の1つを残すのみとなった。ポロンポロンと可愛らしい音で奏でられるその曲の名は、『ムーンリバー』。行きつけのバー『SNOW SCENE』でおなじみの曲である。
「――あ、オッさん、こんなところに」
大して広くもない店内をぐるりと回って来たらしい章灯がオルゴールコーナーに辿り付くと、長田は「これで良いんじゃねぇ?」と言いながら、手のひらの上の小箱を章灯に突き出した。しかし、彼の「これで良いんじゃねぇ?」ほど信用ならないと学習してしまった章灯は、「――何すか?」と軽く身を引く。
「大丈夫だって、これは大丈夫なやつ」
その言葉も何度も聞いた、と思いつつもつい信用してしまうのは彼がそういう人間だからである。そして、今回は本当に大丈夫そうだと思ったのは、その手の上にあるものがただのオルゴールだと気付いたからだ。それも、曲は『ムーンリバー』である。
「あぁ、良いんじゃないっすか。でも、コガさん、こんな可愛い趣味ありますかね」
「ま、こういうのは気持ちだから」
そう言って、やっと形にはなったかとホッと胸を撫で下ろし、それをレジに運んだ。怪訝そうに顔をしかめた店主のその表情の意味が分かったのは、彼がその箱に貼られた『サンプル』というシールを指差した時だった。やや朴訥な店主の説明によると、外箱やらその他のギミックの部分はカタログから選ぶ方式らしい。在庫があれば、数十分で仕上がるとのこと。そういうことならば、とカタログに目を通していると、『それ』を最初に発見したのは章灯だった。
「オッさん、これどうすか」
「ん? 俺はこのくまさんが――おぉ! それ良いじゃねぇか!」
長田は彼イチオシだったらしい『熊Aタイプ――新巻鮭と共に』から指を離した。章灯が指差しているのは蓋を開けた時にひょっこりと飛び出し、その場でくるくると回るタイプのギミックである。
「これ、何となくですけど、コガさんと皐月さんっぽくないですか?」
「まぁ、髪さえ長けりゃだいたい皐月さんに見えなくもねぇけど、それよりもこっちだな。こんな見事な銀髪がセットになってりゃ嫌でもそれらしく見える」
所詮は親指サイズの人形である。そこまで細かい表情が描かれているわけでもない。だから髪型やその色などの記号的な特徴だけでも結構な説得力だった。
「――で、これをこれに、というのは……?」
長田が何度も頷いているのを確認してから数ページめくる。こちらは外箱の方だ。
「おいおい、冴えてんなぁ、章灯」
「いえ、俺がっていうより、ここのラインナップがもうドンピシャなんですよ」
「ぃよし! そんじゃこれで決まりってことで! おやっさん、決まったぞ~」
「――で、出来上がったのが、これなんですね」
帰宅後、章灯から画像を見せられた晶は、「ほぉ」と感心したような声を上げた。
「良いだろ。まぁ、これ自体はあんま種類なかったんだけど」
これ自体――というのは、オルゴールの外箱のことである。
スタンダードな小物入れ型、ピラミッド型、それからアクセサリーを収納出来るようになっているものや、スノードーム型やぬいぐるみの中に内蔵させるもの、それからグランドピアノ型、そして――。
「ギターケース型とは。それも、赤ですか」
「んー、色はたまたまそれしかなかったんだ。本当は黒が良かったんだけど。アキだってケースは黒だろ?」
「まぁ、そうですね」
「俺あんまり赤いギターケースって見たことねぇんだけどさ」
そう言って晶をちらりと見る。どうしてお前は赤が好きなのに黒いケースなんだ? という気持ちを込めて。
「……ケースの中が赤いから良いんです。ギターも赤ですから」
あんなに察しの悪かった晶も長年一緒に暮らしているうちにこれくらいは読めるようになった。とはいえもちろんそれは章灯に対してだけなのだが。
「そうだな」
***
「――はい。これ、もう1つのプレゼントよ」
帰り際、郁からそう言われて渡された紙袋の中身をローテーブルの上に置き、シャワーを浴びた後で冷蔵庫から国産ビールの缶を取り出した。
全く何だってあいつらは。俺をジジイ扱いするんじゃねぇよ。
そう思わないでもない。
別にジジイ扱いされたのが気に食わないわけじゃない。自分が遼からすれば『祖父』の立場であることは充分理解しているし、そりゃあ52だって人によってはそんな肩書がなくても立派に『じいちゃん』になっているやつもいるだろう。
だけど俺はいつまでも若くいなくちゃなんねぇんだ。
俺が老いて見た目もジジイになっちまったら、皐月が俺だってわかんなくなっちまうだろ。アイツはずっと31なんだから。
あぁ、お前は8つも上だったのにな。
俺はもうお前より20も上になっちまった。
もしかして、もう案外手遅れ級に老いちまったかな。
でも、どうだ、皐月。お前の好きな赤い服を着たら、ちったぁ若く見えっかな?
赤いジャケットを羽織った自分を何度も恰好良いと言ってくれた可愛い孫を思い出す。
赤は、正義の味方の色、主役の色。
自分でそう言っておきながら、ずっと避けて来た色。
いつだって自分は脇役だ。
自分は誰かを輝かせるために存在し続けている。それは、仕事においても。
それが好きなんだから仕方がねぇと思いつつも。
でも、誰かを輝かせるということは、つまりその誰かを『助けて』いるということだ。だから、誰かを助ける正義の味方っつーのは、つまりは脇役なのだ。
テーブルの上の真っ赤なギターケースの蓋を開ける。
それによって押さえつけられていたらしいカップルがひょこりと飛び出し、櫛状の薄い金属の板が小さなピンに弾かれて美しい音色を奏でる。
「しかも『ムーンリバー』と来たもんだ」
生前に皐月が一度だけ弾き語ってくれた曲だ。
何とかっつー映画のオードリー・ヘプバーンを気取って、窓辺で。
「お前のこと、こうやって抱いたこともあったな」
赤いドレスを着た髪の長い女性が、タキシードを来た銀髪の男性に抱きかかえられている。幸せそうなカップルは開け放たれたギターケースの中でくるくると回っている。ケースの中にギターはなかった。
「身長はそこそこあんのに、お前、めっちゃくちゃ軽いのな」
ほろほろと、涙が零れた。
「もうちょっと待っててくれな、皐月。昔はあいつらが一人前になったらお前んトコ行こうって思ってたんだけどよ。長く生きてりゃ色んなことに情が湧いちまって。娘達が片付いたと思ったら、次は孫だもんなぁ」
なるべく老け込まねぇようにするからさ。
絶対待っててくれな。
そう呟いて、湖上はオルゴールの蓋を閉じた。
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