♪28 その時
「このままだとフェアじゃないのでぇ、僕もとっておきの秘密をお教えしましょう」
『あなたみたいな人を探してた』と言われたあの日。
どういうことかと首を傾げていた
「僕ぅ、実はゲイなんですぅ」
晶は一瞬『ゲイ』という言葉が同性愛者を示す単語と気付かず、『芸』かと思った。だから、彼女も「はぁ」と無声音で返答した。
「でもぉ、気付いたのは最近なんですぅ。僕はずぅっと女性の方が好きだと思ってましたしぃ」
彼がそう語り始めてから、晶は『ゲイ』の意味に気付き、今度はハッキリと「ああ」と言った。
「女性の方が好きっていってもぉ、ただ『思っていた』だけでぇ、実際に好きな女の子なんていなかったんですぅ」
騒がしい店内にもかかわらず、彼の声は相変わらずそのほとんどが呼気のようだった。晶なら聞き取れるだろうと思っているのか、それとも聞こえないなら聞こえないで構わないと思っているのか。
「そんな時に牧田と出会いました。小説や漫画のように『一瞬で』ですとかぁ、『一目で』なんてことはありません。たぶん、大半の人がそうであるようにぃ、月日を重ねてぇ、彼のことを知るうちにぃ、気付いたら好きになっていたんですぅ」
晶の反応なんてお構い無しに、彼はぽつぽつとしゃべり続けた。
あまりにゆっくりと、さらには語尾まで伸ばしてしゃべるので、余計な思考が入り込んでしまう。すなわち、自分はどうだったか、などという。
一瞬で、というのは間違いない。あの『声』に撃ち抜かれたという自覚はある。
ただ、それは自分のパートナーとなるヴォーカリストとして、であって、こういう関係に着地するとは夢にも思っていなかった。だからやはり彼の言うように、月日を重ねて、彼のことを知るうちに、ということなのだろう。
「おやぁ、何やらお顔が赤いですねぇ?」
伝田はそう指摘したものの、それ以上は追及しなかった。そして再び話し始める。晶は熱を持っている頬を手の甲で押さえた。
「一応、ですねぇ。悩みましたよぉ、僕でも。バレエの方でも親に迷惑かけてぇ、その上孫も抱かせてあげられないとかぁ。まぁ、それよりも先にお嫁さんですけどぉ。まぁ、それは置いといて、ですねぇ」
そこて伝田は身を乗り出した。内緒話をする時のように口元に両手まで添えて。声量だったら最初から内緒話以下だったじゃないか、という言葉はぐっと飲み込んだ。そして一応彼に倣って少しだけ腰を浮かせ、聞く体勢を作った。
それを待って伝田は――、
「もし、特定の相手がいなければ、僕とお付き合いしていただけませんか」
と、言った。
***
「――はぁ? そっ、そんなの……!」
「断りました、もちろん」
「ということは、既婚ってバラして……?」
「いえ、そこまでは。ただ『NO』と示しただけです」
***
そう、晶は彼の申し出に対し、迷わずNOと答えたのである。すると彼はさして残念そうな顔をすることもなく、そうですか、と笑った。
「まぁ、だろうなとは思ってましたしねぇ。言ってみただけですからぁ」
***
「何だそれ」
「やっぱり私じゃ駄目みたいで」
「――は?」
「何ていうか……。私みたいな男女だったら恋愛感情を持てるのか、試してみたかったらしいんです」
「男女って……いやいや……。ボーイッシュとかそういう表現だったろ絶対」
「まぁ、そうでしたが」
見た目が男っぽい女性、というだけの条件ならば、本当に男性のようにしか見えない女性もいるだろう。けれど晶のような中性的なタイプを選んだということは、やはりどこかで見た目にも女性の要素がなければいけないと考えたのではないかと
しかし、晶では駄目なのだという。
***
「申し訳ありません。僕から言っておいてぇ。でもやっぱり、牧田の代わりなんかいないんですぅ。ただ1つ、不満があるとすればぁ、一緒にホラー映画を見ても感想を語り合えないくらいでぇ」
そこで晶の指先がぴくりと動いた。どの単語に反応したのかなど言わずもがなである。その頃ちょうど晶は件の祭に参加し始めたばかりで、かなり昔の作品を3本ほど見終えた後だったのである。
だから思いきって聞いてみた。『ステラ・クィーンは好きですか』と。もちろん声は発さずに。スマホのメモアプリを使って。
彼からの返事は『YES』。しかも偶然にも彼の鞄の中にはレンタルしてきたばかりのステラ・クィーンが数本入っていたのだった。彼もまた後れ馳せながら祭に参加するべく準備をしていたところだったのである。
そこで――、
***
「ホラーを語り合える友人がいないもの同士で祭に参加しようとなりまして……」
そう言われてしまうと章灯は何も言えない。晶が元々友人が少ないのは知っているが、それを埋め合わせられるような人間が1人もいないわけではない。
けれど、誰でも良いわけではないのだろう。ホラー作品を見て感想を語り合うのが目的な訳だから、少なくとも、相手もホラー好き、さらに今回の場合でいえば『ステラ・クィーン好き』でなければならないのだ。
それに合致したのが伝田だったという訳である。
――こればかりは。
と章灯は思った。
確かにこればかりは「俺がいるじゃねぇかよ」とは言えない、と。
いや、だけど。そうなんだけど。
「――で、いよいよその時が来たんです」
「その時?」
「はい、全部見終わったんです。私はDVDを買ってたんですけど、伝田さんはレンタル待ちで。結構どこのレンタルショップも祭に乗っかってフェアを開催していて、なかなか借りられなかったみたいなんですけど。借りられたら連絡しますって」
「成る程、それで『準備が調いました』になるわけか」
「それで――あの……」
「ん?」
そこで晶は言葉を区切り、真っ直ぐに章灯を見つめた。
「良い……ですか?」
「何が?」
「あの……、見ても」
見ても。
つまり、『Is This~?』を、ということである。
「そりゃもちろん。そのためのいままでなんだから」
そうは言ったものの、胸にもやもやとしたわだかまりがあるのは事実だった。
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