♪26 準備が調いました
まるで通夜のようだと、
あるいは、死刑宣告、とまで考え、だったら俺の罪は何なんだ、と突っ込む。
21時を少し過ぎて帰宅した
この構図だと完全にアキが何かしらやらかした、ということになるわけだが。
怒っているような、いまにも泣き出しそうな、そんな表情でテーブルの上に置いたスマートフォンにチラチラと視線を向けている晶を見つめ、章灯はひたすら待った。
話し下手の晶のことだから恐らくかなり回りくどい説明がこれから始まるであろうと予測し、テーブルの上のミネラルウォーターをグラスに注ぐ。未開封の500mlボトルを彼女の近くに移動させ、「このまま飲むか? それともグラス持って来るか?」と聞くと、「このままいただきます」とだけ返ってくる。そう言った割に、ボトルに触れようともしなかった。
「すみません、章灯さん」
「ん? お、おう……。何が……?」
とりあえず、やはり何かしらしでかしていたらしいことは、この一言で決定づけられた。それがやはり仕事関係なのか、それともさっきまで散々話題に上っていた、ある『可能性』についてなのか、それはまだわからない。
――頼む、仕事関係でありますように! 書くから! 詞だったら何曲でも、何十曲でも!
……いや、さすがに何十曲は無理か。
「あ、あのっ……」
彼女にしては珍しく、長考せず続きを語るつもりだったらしく、テーブルに手をつき、少しだけ前のめりになった。その時、その抜群のタイミングで、彼女のスマートフォンが震え、真っ暗だった画面にメッセージウィンドウが表示された。
『お待たせしました。こちらはすべて準備が調いました』
覗き込んだつもりはなかった。たまたま見えてしまったのだ。自分の視力に感謝をすれば良いのか、それともそれを嘆けば良いのか、章灯には選べなかった。
藍色のメッセージウィンドウの上部にある相手の名前まで、はっきりと見えてしまったのである。――『伝田でんのすけ』と。
晶はそこで完全に動揺していた。返信をすべきか迷っているのだろう、テーブルについていた手を放し、スマホの上でひらひらと泳がせている。そんな慌てている姿も何だか可愛く見えてしまうのは完全に惚れた弱味ってやつなんだろう。そう思った。
だからもう負けなんだ、と思うと肩の力が少しだけ抜けた。苦笑し、「返事すれば?」と言う。
かなり軽く言ったつもりだったのだが、晶の方ではそれが突き放したように聞こえたのだろう、泳がせていた手をぴたりと止め、スマホを裏返した。見たくない、とも見せたくない、とも取れる行動である。
「あの、章灯さん『ステラ・クィーン』をご存知ですか?」
来た、と思った。
この切り出し方が晶らしい。
「外国の小説家だろ? 女性名だけど、もう結構なおじいちゃんだよな」
「そうです」
ステラ・クィーンといえば、ホラー小説の巨匠と呼ばれる人物で、章灯の言う通り、ステラという女性名ではあるものの、れっきとした男性である。
上に3人兄がおり、どうしても女児が欲しかった母親がステラと名付けてしまったらしい。その母親は彼がハイスクールに通う前に亡くなってしまったのだが、「自分は彼女が死ぬまで、衣服はおろか持ち物に至るまで、男らしいものを身につけることを許されなかった」と述懐しており、自身の半生を元にした『ステラ』で彗星のごとくデビューしたのである。その後もほとんどの作品が数ヶ国語に翻訳されベストセラーとなっており、映像化されているものも多い。
「今年の春に彼の小説を元にした映画のリメイク版が公開されたんです」
「あぁ――……、そうだな。うん、一応話題としては知ってる……けど……」
そう、『話題』としては知っているのだ。何せ彼はそういう『話題』を伝える側なのである。であるにも拘らず彼が『けど』と濁したのには訳がある――というか、既に大きなヒントを投下済みである。
ステラ・クィーンといえば、ホラー小説の巨匠と呼ばれる人物で
ステラ・クィーンといえば、ホラー小説の巨匠と呼ばれる人物で
ステラ・クィーンといえば、ホラー小説の巨匠と呼ばれる人物で
つまり、彼が書く小説のジャンルはすべてホラーであるわけだから、それが映像化されるとなると、それも当然ホラーなのである。そういったものに全くの耐性がない章灯が積極的に情報を集めているわけがない。ただ、今回の心霊特番の反響によっては、今後そういった仕事にもお声がかかるかもしれないわけだが。
のどかな村にふらりと不思議な少女が現れることから物語は始まる。
『彼女』は、疑問形でしか言葉を話すことが出来ない上に、自分のことを『
どこから来たのか、保護者の連絡先は、といくら問い質しても「これは昨日から来たの?」「これはパパとママじゃないの?」と全くかみ合わない。とりあえず教会で保護することにし、まさか『
やがて彼女が村内での生活に慣れ始めた頃、奇妙な事件が起こるようになり――という、ありふれた日常が少しずつ狂い、崩壊していく様を描いたパニックホラーである。
この小説の内容自体は知らなくとも、映画の中盤で現れる『アンナ』の別人格『ビルギッタ』の狂気じみたメイク(それは左右で異なり、右側が『泣いた顔のアンナ』で左側が『不気味なまでに満面の笑みを浮かべたピエロ』となっている)だけは知っているという者も多い。その知名度と人気の高さは、映画の初公開から30年以上経った今でもハロウィンにはそこかしこにビルギッタメイクを施す若者が現れることからも窺い知れる。
――で、章灯はというと、大体の内容や、アイコンとしての『ビルギッタ』くらいは知っているものの、映像を見たことはないし、結末も知らない。そして、彼の性質上、当然、積極的に関わろうともしなかったのである。
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