♪25 あった

「――はぁ? オッさんも何も聞いてねぇの?」


 テーブルの上に各々の飲み物が揃い、適当につまみを広げたところで話題は『例の件』になり、章灯しょうとが恐る恐る長田おさだに探りを入れてみたところ、「知らねぇけど」という素気無い言葉が返って来たのである。


 呆れやら怒りやらを複雑に絡ませた声を上げたのは湖上こがみであった。章灯は開始からいまのいままで何やら覇気が無い。顔色も――元々色白ではあるのだが――何だか青白い。


 こうなりゃ本人に直接聞くしかない、と湖上は立ち上がったが、


「アキならいまごろ咲と女子会してんぞ」


 という長田の一言で「そいつは邪魔出来ねぇな」と再び腰を下ろした。


「アキが咲さんを誘ったんですか?」

「みたいだぞ? 咲の話だと。何か相談してぇことがあるみたいだって」

「相談したいこと……」

「何でソコ突っ込んで聞かねぇんだよ! オッさんはよぉ!」

「その状態で突っ込んだところで内容なんざわかるわけねぇだろ。咲だって何のことかわかってねぇんだから。っつーか今日、コガの俺への態度酷くねぇ、章灯? ――章灯? お前何か元気なくねぇ?」

「おっせぇ! 気付くのおっせぇな! 最年長!」

「うるせぇ! お前となんぼも変わんねぇよ!」


 大男2人がいつもの『じゃれ合い』を始めたが、いつもなら「まぁまぁ2人共」となだめる役の章灯はやはり呆けており、間に入ることもない。


「おいコガよ。章灯はどうしたってんだ」

「察しろよ、流れで。こいつがこんなんになるのはアキ関連でしかねぇだろ」

「それもそうか。でもどうせ取り越し苦労だろうがよ。毎回毎回何だかんだって最後はこいつらの惚気話になるんだからな」

「まぁー、それも一理ある」

「んで? アキがどうおかしいってんだ。大方部屋から出て来ねぇとかそんなんだろ?」

「おう、そうだな」

「別にスマホを肌身離さず持ち歩くとか、やたらとCOnneCTコネクトしてるとか、そういうのもねぇだろ、アキなんだから」


 そう言って、ダイエットコーラのペットボトルを持ち上げ、空になったグラスに注ごうとすると、湖上がそれを奪い取った。


「まま、オッさん。いくらコーラでも手酌は良くねぇ」

「悪いな」


 自分のグラスが満たされると、そのお返しとばかりに湖上のビール缶を持ち上げたが、彼は缶から直接飲んでいたために注ぐものがなく、仕方なく彼の口元へと運ぶ。


「おう、まさかのサービスが来たな。良いから。俺のペースで飲むから」


 そんなやり取りが終わり、長田はずっと沈黙していた章灯がいつの間にか頭を抱えていることに気付いた。


「章灯?」

「どした。腹でもいてぇのか?」

「馬鹿かコガ。頭押さえてんだから、せめて頭を心配しろよ」

「そうか。どした、頭悪いのか?」

「コガお前……。どしたよ章灯。まだ全然飲んでねぇだろ」

「……あるんすよ」

「は?」

「……あったんすよ」

「何がだ?」

「オッさんがさっき言ったやつ……。アキにしては珍しくちゃんとスマホ持ってるんです。あいつ、家でもずっとマナーモードなんですけど、最近良くブーブーいってます。俺、てっきり仕事のメールかと」

「――は?」

「まじかよ! おい、これは……」


 長田と湖上は顔を付き合わせ、ほぼ同時に「やべぇな」と言った。



 ***


「ふんふん。それじゃCOnneCTで連絡取り合ってるんだ」

「はい」

「いまじゃメールより楽だもんね。メッセージ読んだかどうかすぐわかるし」

「そうなんです。それで……その……」

「ん? どしたの?」


 晶はそこで俯き、しばし口をモゴモゴさせた。彼女のことを少しでも知っている人間ならば、ここで続きを急かしたりは決してしない。だから咲も晶が再び自分から語り始めるまで待った。しかし幸いなことに、今回は割と早くその口は開かれた。


「たっ、例えばこれは、その『浮気』とかそういうことに該当するのでしょうか」


 晶はやけに思い詰めたような顔で咲にそう問い掛けた。


 その必死な様子に虚を突かれた咲は、それに対する答えをすぐに返すことが出来ず、吐き出すはずだった二酸化炭素を飲み込んでしまい、んぐぅ、と喉を鳴らした。そして、乱れた呼吸のペースを落ち着かせようと胸の辺りを擦る。


「晶君はどう思うの? 章灯君に対して、悪いことしてるなぁ、やましいことしてるなぁって思うの?」

「……やっぱり内緒にしてるというのは、悪いことですし、やましい……です」

「だよねぇ。あと、一番大事なのは、晶君がその人についてどう思っているかだよ。こういうのって人によって線引きが違うんだけどね、ちょっとでも好きとかそういうの思っちゃったら、具体的な行為がなくたって、私はもう浮気だと思う」

「具体的な……行為……?」

「ぎゅーとかちゅーとかだよ」


 咲がおどけてそう言うと、晶は顔を赤らめ、勢い良く首を振った。


「そっ……! それはないっ……です……!」


 あまりにも強く頭を揺らし過ぎたせいで軽く眩暈を起こしている晶に、咲は「だよねぇ」と笑った。


「でもさ、だったらいっそ章灯君に言ってみたら良いじゃない。章灯君、そんなことでやいやい言うような心の狭い人じゃないじゃん。ていうか、それを一番よーっくわかってるの、晶君だと思うんだけど、私」


 その言葉に、晶は無言で頷いた。


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