♪24 いらっしゃい、晶君
「――んじゃ、フツーに浮気とかなんじゃねぇの」
いよいよもって本格的に面倒になって来たのだろう、
第一、あの
その言葉に絶句し青ざめる
「落ち着けって章灯。ジョーダン、ジョーダンだっつぅの。っつーか、だな。俺が言うのも何だけどよ、アキだぞ? アイツ外じゃ『男』で通ってんだぞ? 誰と浮気するってんだ。女とか? ヤることヤろうとした時点でバレんだろ」
「そ……、そうですよね……」
しかしそこで、はた、と気付く。
どうやら『それ』に気付いたのは章灯だけではなかったらしい。「あ」と湖上が小さく呟いた。
「伝田……」
「彼は、知ってますね……」
「あンの野郎……! やっぱりアキ狙いかぁぁぁぁああああっ!」
「ちょっ、コガさん! 落ち着いて!」
「ばぁっか野郎! 落ち着いていられっかよ! 殴らせろ!」
「おっ、俺をっ? 何でぇっ?」
「てンめぇがぽやぽやしてッからだろうがよ!」
「ぼっ、暴力反対っ! っていうか、人っ! 皆見てますから!」
胸倉を掴み、いまにも殴り掛からんと拳を振り上げていた湖上は、章灯のその言葉でぴたりと動きを止めた。そして首をゆっくりと左右に振ってからコホン、と咳払いをし、手を放す。
「……悪かったな」
「いえ、良いんです。気持ちはわかります。俺だっていま目の前に伝田君がいたらわかりませんでした」
「まぁ、まだ決まったことじゃねぇからな。あんまり突っ走るんじゃねぇよ章灯」
「待ってください。それコガさんが言うんすか」
「うるせぇな。細けぇこたぁ良いんだよ。それよりも、だ」
「はい、わかってます」
「アキとちゃんと話せ。ここで俺らがギャーギャー喚いたって仕方ねぇだろ」
「そっすね……」
「あと、アレだな。オッさんにも当たってみろ。俺やお前に言えねぇことは、大抵アイツんとこに行くからな」
「そっすね……」
***
「はーい、いらっしゃい、晶君」
一方その頃晶はというと、
「お邪魔します、咲さん。これ、お土産です」
俯き加減にそう言って、近くの洋菓子店の紙袋を手渡した。咲はそれを嬉々として受け取り、晶に客用のスリッパを勧めた。
「でもさぁ、珍しいよね。健次君じゃないの? 私に相談なの?」
お持たせでごめんだけどと言いながら、晶が持参した焼き菓子と彼女好みに淹れたカフェオレをテーブルに置き、咲は向かいに座った。
「はい。咲さんは私の数少ない『同性』の友達なので……」
数少ない、とは言ったものの、彼女が『女友達』と思っているのは現時点で咲一人である。
「いやぁ、そんな風に言われると照れちゃうなぁ、私」
膝の上に乗せていたトレイで口元を隠し、咲は丸顔をほころばせてうふうふと笑った。咲さんのこういうところにオッさんは惹かれたのだろう、などと考えてみる。
「でも、アレだよ? 音楽絡みの相談なら、無理だよ。ド素人だからね、私は」
「そういうのじゃないんです。えっと、何て言うか」
「あー、もしかして、章灯君と何かあった感じ?」
「章灯さんと……は、何も無い、というか」
「だよねだよね。晶君達、仲良いもんねぇ」
「いえ、咲さん達には負けます」
「あらあら~、晶君も言うようになったじゃなぁい! って、私達のことは良いんだよ。今日はね、2人きりでたっぷりお話しようと思って、人払いもしてあるから!」
「人払い、ですか?」
「そ。健次君はたぶん勇助君とこだし、
そう言って咲はあっはっはと笑った。長田家の一人息子の勇人は今年受験生である。とはいえ、家の中がピリピリしているなんてことはあまり無いらしい。というのも、現時点で学力にはかなり余裕があるということと、数年前から始めたベースが良い気分転換になっていること、あとはそもそもの性格によるものだろう。
「何かすみません」
「良いの良いの。私も晶君とゆっくりお話したかったし。女子会女子会」
「女子会……成る程」
「さぁーって、晶君。おねーさんにどーんとお話してみなさいな。これでもね、私、章灯君よりもおねーさんなんだからね?」
普通の女性であれば実年齢よりも若く見られたいものだと思うのだが、12歳も上の亭主を持つ咲はどうにも大人ぶりたいようで、出会った頃から良く「おねーさんなんだから」と言うのだった。最早口癖のようになっている。たまにうっかり長田の前でも出てしまうらしいのだが、当然のように軽くあしらわれて終いである。
***
「何でオッさんが追っ払われてんだよ」
「追っ払われてねぇよ」
とりあえず作戦会議だと三軒茶屋の
自分用の飲み物と、それだけじゃ何だからと国産ビールの6缶パックとつまみなんかも持参して。
「とりあえずカモがネギ背負って来てくれたわけだから良しとするか。どうせぼちぼち招集するつもりだったんだ。まぁ上がれや」
上がり框に仁王立ちで家主のように振る舞う湖上の後ろでは、本来の家主が何やら所在なげに突っ立っている。しかしいちいち指摘することでもないだろう、と長田はいつものように靴を脱ぎ散らかして上がり込んだ。
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