♪20 大好きですから

「――はあぁっ?!」

「おいコラてめぇ章灯しょうと! 何でバレてんだ!」


 予想通りの反応に章灯は肩を竦める。


「すいません……」

「コガさんもオッさんもちょっと落ち着いてください」


 あきらにたしなめられ、2人は振り上げていた拳を同時に下ろす。

 とりあえずの脅威が鎮まったところで、章灯は続きを話し始めた。



 ***


「――なっ……」


 予想し警戒していた内容と、予想だにしていなかった内容とのギャップによって思考が混乱し、二の句が継げないでいる様子を『YES』と受け取ったらしい伝田は一歩引いてから満足そうに笑った。


「やはり、そうでしたねぇ。ああでも、ご安心ください。吹聴する気も、それでまた仕事をくれとも言うつもりはありませんからぁ。牧田にもしゃべっておりませんしぃ」




 ***


「そんなん信用出来るかぁっ!!」


 声を荒らげる湖上こがみ長田おさだは静かに頷いた。


「俺だってそう思いましたよ。そんなこと言っても週刊紙にリークしたりだとか……それから……例えば……」


 そこから先は言えなかった。しかし湖上と長田には伝わったのだろう、一様にちらりと晶の方を見て難しい顔をした。


「私が何か?」


 つまり、口外せぬ代わりに、彼女を差し出せ、であるとか。



 ***


「良く考えてみてください。僕がこの先売れたとしても、ですよぉ?」


 つくづく語尾の弱い男である。アナウンサーという職業柄なのか、それとも、彼と対峙した者は等しくそう思うのか、とにかく気になって仕方がない。聞こえないわけでは無いのだが、文章の終わりに近付くに従って徐々に空気が混ざり始めるのだ。最後の方は声と呼気の境目がわからなくなるほどである。


「山海さんはキー局の中堅……いえ、もうベテランですかね、まぁどちらでも良いですけど、のアナウンサーでぇ、社会的地位もあるわけですぅ。それにもちろん、ミュージシャンとしてもぉ。対して僕はというと、弱小事務所の若手お笑い芸人ですぅ」

「それは……」

「下衆い週刊誌辺りは飛びつくと思いますがぁ、ここまで隠し通してたわけですから、山海さんなら、いえ、周囲の方々が、放っておくはずがないんですぅ」

「俺にそんな権力はないけど……」


 そんなことを言えば肯定したも同然だ。さっきはまだ自分の口からYESと言ったわけではないというのに。そんな簡単なことにも気付けないほど、章灯は混乱していた。


「AKIさんの周りの人達も、黙っていないでしょう? ということは、ですよ。この話が漏れた時点で、それをリークしたのが僕だってわかるわけです、少なくとも、山海さんにはぁ」

「まぁ、そうなる……ね」

「そうなれば、僕の身が危険ですよねぇ」

「そんなこと……!」

「山海さんはしなくてもぉ。近しい方が何をするか、わかりませんからぁ。僕はね、単に『暴く』ことが好きなだけなんですよぉ。人の秘密をこじ開けて、その反応を見ることが大好きなんです。だから、山海さんにも協力したんですぅ。嫌な男でしょおぉ?」

「それは否定しない。あんまり良い趣味じゃないと思う」


 そう返すと、伝田はもう数歩下がって距離を取ると、その場でくるりと美しく回り、再び章灯と視線を合わせてから道化師らしく少しおどけたように礼をした。


「お褒めのお言葉、有難くぅ」


 そして「それでは」と言ってから背筋をぴんと伸ばした状態でUターンし、ドアノブに手をかけた。そこで章灯ははたと気付いてその背中に問い掛ける。


「――でも、だったらどうして牧田君のことは黙ってたんだ?」

「牧田?」


 彼は振り向かなかった。


「彼が必死に隠してたこと、本当は気付いてたって。ほら、断線ヘッドホンの」

「ああ……」


 伝田はゆっくりと振り向いた。


「だって、アイツのことが……大好きですから、僕は」


 これまでに見たこともない、寂しそうな顔で伝田は力なく笑った。


 ***


「つまり、あれか。LIKEじゃなくてLOVEの方ってことか」

「深く追究はしませんでしたけど、俺はそう受け取りました」

「まぁ、LIKEの方だとしたら、誤解を受けないように『親友』とかそういう表現にするだろうしな」


 彼は自分自身でもわかっているのだ。

 それがあまり理解されにくい類の趣味であることを。


 例えホラーやサスペンスを好んで観賞し、そこに登場するようなイカれた殺人鬼がお気に入りだとしても、それだけなら牧田は愛想を尽かしたりはしないだろう。けれども、他人がもっとも知られたくない秘密をこじ開けて、そこをじわじわと抉るように観察したり、あるいはそれを知っていると告白して、その反応を楽しんだりするのが趣味だと知られたら――、


 きっと彼は幻滅するだろう。


 それが伝田は怖い。


 だから、彼が必死に隠していた『裏技』については黙っていた。今回の件が無ければ、今後も口をつぐんでいただろう。さらりとそれをバラしたのは、協力することになってしまった手前仕方なくということなのか、それともまだ他の『秘密』を握っているからなのか。


「まぁそっちの人間なんだとしたら、アキはセーフか」

「そうだな、章灯はアウトかもしれねぇけど」

「ちょっ……! 勘弁してください!」

「いずれにしてもだ。用心するに越したことはねぇだろうな」

「そうですね……」


 ――とはいうものの。

 何をどう『用心』すれば良いのか、章灯には皆目わからない。


 何せ、『例の件』は今回の『目指せ! ネクストブレイカー!』で終了、貸し借りはチャラのはずなのだ。もちろん、弱みは握られてしまったかもしれないが。


 これでハイさようなら、というのはいささか情に欠けるだろうと思い、お互いの連絡先は残してある……と思う。少なくとも、章灯の方は。牧田には、消しても良いし消さなくても良い、と伝えてある。それでも一応、「悪用しないでね」とは釘を刺しておいたが、牧田は芸人であるにも関わらず、「さぁて、いくらで売りますかねぇ」などと乗ることも無く、「もちろんです!」と馬鹿正直に即答したのだった。


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