♪19 100年早い

「いや、俺はいまいちだったな。確かにバンジョーは上手かったけどよ」

「そうかぁ? 俺はまぁアキほどじゃねぇけど、結構笑わせてもらったぜ?」


 三軒茶屋の山海やまみ宅で、いつものようにあきらの手料理をつまみながら飲んでいるのはサポートメンバーの湖上こがみ長田おさだである。


「コガは笑いのツボがおかしいんだよなぁ」

「まぁーて待て待て、オッさんよ。アンタにだけは言われたかねぇなぁ。俺はな、オッさんみてぇに子ども向けアニメで腹抱えて笑ったりなんかしねぇからな」

「オーゥ? 聞き捨てならねぇなぁ。子ども向けったって、昨今のアニメは良く出来てんだぞ?」

「そうですよ、コガさん。俺らそういう子ども向けアニメのタイアップだって……」

「まぁ落ち着け章灯しょうと。オッさんの言う『子ども向け』って、対象年齢2、3歳とかのやつだからな」

「――え?」

「章灯、お前は2、3歳向けに作られたアニメで抱腹絶倒出来る自信あるか? お守りしてる親戚のガキに気ィ使ってとりあえず笑うとか、そんな演技じゃなくてだぞ?」


 ガチでだぞ、ガチで――と章灯の鼻先を指差しながら念を押し、湖上は残りわずかになっていたギネスを飲み干した。


「そう言われると、確かに……」


 顎に握り拳を当てて、ううん、と唸ると、長田は恥ずかしくなってきたのか「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「何か……すみません」


 そんな中、背中を丸めるようにしてちびりちびりとカウボーイを飲んでいるのは晶である。


「何でアキが謝るんだよ!」


 男性3名がほぼ同時に突っ込むと、晶は目を丸くしてびくりと身体を震わせ、そしてすぐにまた背中を丸めた。


「私がその……ハマりすぎたから、というか……」

「だとしてもアキに罪はねぇって」

「そうだそうだ。良いじゃねぇか、何が好きだってよぉ」

「おうよ」


 そう言うと湖上と長田はガッチリと肩を組んでみせた。


「――な? いつものじゃれ合いじゃねぇか」


 湖上がアピールし、長田が頷く。すると晶の方も安心したのかすとんと肩の力を抜いた。


「まぁ、それよりも、だな――」


 肩を組んだまま長田が切り出すと、湖上も「おうおう」と合いの手を入れる。そしてその姿勢のまま、ずずいと章灯の眼前まで近付いた。


「――何かあったのか、章灯?」


 確実にパーソナルスペース内と言い切れる――何なら生温かい鼻息までもが感じられるほどの距離にまで接近してきた2人の中年に慄き、章灯は背中をのけ反らせて少しでも彼らから離れようと試みた。


 しかし彼らは肩を組んでいるとは言っても、組んでいない方の腕はフリーなのである。いまなら「実は俺達、生き別れた双子の兄弟なんだ。全然似てねぇけど」と言われてもうっかり信じてしまいそうになるほどの抜群のコンビネーションで、クレーンゲームのアームよろしく章灯の肩をがっちりとつかむと、


「その様子だと」

「やっぱりあったな」


 とまるで1人がしゃべっているかのような滑らかさで言った。


 こうなると最早章灯に隠しきれるものでは無い。彼は観念したように項垂れた。


「章灯が俺らに隠し事するなんざ100年はえぇんだよ」

「そ。仮にも俺はお義父さんだぞ? 水クセェじゃねぇか、息子よ」

「うぅ……」


 中年2人は章灯の肩を掴んだままガクガクと揺すり、ニタニタと笑っている。晶はどうしたものかとひたすらにおろおろしていた。


「あの、実はですね……」


 大きなため息をついた後でそう切り出す。顔を上げた時、偶然晶と目が合ったが後ろめたさでつい逸らしてしまった。しかし、とてつもない罪悪感に襲われて再び晶と視線を合わせようとしたものの、酷く寂しそうな表情で目を伏せる彼女の顔が見えただけだった。


「ちっ、ちがっ」


 やっちまった――――!


 後悔しても時すでに遅し。

 そんなことにもとっくに気付いている中年達は「俺しーらね」「あーらら」となぜか楽しそうである。




 ***


 牧田退室後の応接室である。


山海やまみさん、2人きりですねぇ。うふふ」


 不気味な笑みを浮かべた後でそう言った伝田でんだは、ちらりと背後を見た。牧田が退室していること、それから、きちんと扉が閉められていることを確認してから、再び章灯と視線を合わせる。


 そして、ゆっくりと一歩を踏み出して章灯との距離を詰めた。身長は伝田の方が高いものの、線が細すぎるためか、はたまた、普段は背中をぐにゃりと曲げているからか威圧感はまるでない。ないのだが、距離を詰められ、背筋をぴんと伸ばして真上から見下ろされるような形になると、何だかぞわぞわとして落ち着かない。そう思うのはやはり彼がどことなく不気味だからである。


 ――夢に出てきそうだな。


 ついそんなことを思ってしまい、章灯はそれを無理矢理打ち消そうとした。しかし、意識すればするほど彼の不気味さは際立ってしまう。ましてやその対象は、いま現在目の前にいるのである。


 警戒しまくる章灯の前で、伝田は少し首を曲げ、彼の耳元でこう言った。


「山海さん、YESでもNOでも、何なら答えなくて良いんですがぁ」


 2人しかいない室内だというのに、それでもかなり密やかな声で。とびっきりの秘密を打ち明けるようなトーンである。


 ――何? やっぱり何かしらのお誘い? ああでも答えがいらないってことは、気持ちだけお伝えしますパターン?!


「AKIさんは、女性ですねぇ?」


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