♪11 特訓
「――で、一緒に特訓することになって……」
言葉を重ねる度に丸まっていく
「その日は結局連絡先の交換をして別れたんだけど、去り際に牧田君がさ、3日ほど時間をくださいって言ったんだよ。それまでに完璧に仕上げてきますからって。俺は何が何やらわからなかったけど、もう完全に頼りきってたから」
そこで章灯は照れたように笑った。
すぐに人を信じるのが章灯の悪い癖だ。何もかも疑ってかかれというわけではないにせよ、都会で――とりわけ魑魅魍魎の蔓延るこのテレビ業界では危険すぎるのではないだろうか。
というのは
彼は最初、愛娘である晶に向けてしゃべっていたはずなのだが、その公私のパートナーもまた似たり寄ったりであることに気付き、「お前がしっかりしねぇとアキがあぶねぇだろ」と矛先を変えたのだった。
***
さて、3日後である。
牧田から「どこか借りられる部屋はありますか」という内容のメールが届き、追加で「出来れば防音で」と来たため、章灯はカラオケボックスを提案した。しかし、極秘特訓であることから、出来れば局内の方が良いのではないかと思い直し、小会議室を借りることにした。
3日ぶりに見た牧田は――やつれていた。
目の下に濃いクマを作り、頬も心なしかこけている。元々痩せ型ではあったのだが、それを通り越して最早理科室の標本のようである。
「牧田君!? だ、大丈夫っ?!」
章灯は慌てて牧田に駆け寄った。ふらつく牧田の背中を支えると、彼は親指を立てて「大丈夫っす」と余裕の笑みである。
「全然大丈夫には見えないけど……」
「良いんす、良いんす。ただ、もし良かったら、牛丼奢ってください」
「牛丼ね! わかった! すげぇ旨いとこあるから!」
「いえ、吉田屋ので」
「えっ……。吉田屋で良いの……? ていうかそこってバイト先じゃなかった……?」
「良いんす。もし良ければ玉子と、お新香……」
「とっ、豚汁も! 豚汁もつけよう! あと、大盛! いいや、特盛で! いっぱい食べよう!」
いいいいますぐ行こう! と引っ張る章灯を牧田は「待ってください」と冷静に制す。
「今日の特訓が終わってからの話です」
「駄目だよ! 牧田君倒れちゃうよ!」
「大丈夫っす。俺、これくらいは慣れっこなんすよ。
尚も大丈夫大丈夫と繰り返す牧田に、せめてもと同フロアの自販機にあるスポーツドリンクやらエナジードリンクの類を片っ端から買って手渡した。
「山海さん、良い人っすね」
「良い人じゃないよ、全然。自分が情けないせいで無関係な牧田君を巻き込んじゃってるんだから。これくらいはさせてよ! せめてカロリーのあるものを!」
「いやいや、それでも俺らみたいな売れない芸人なんてのは、テレビ業界じゃ使い捨ての鉄砲玉っすからね。やみくもにぶっ放してみて、一発でもかすれば御の字ってやつっすよ」
「そんな……。まぁ、でも確かにそういうところはあるかも」
「でしょ。だけど、こうやってテレビに出ない水面下でね、ちょっとした繋がりを持っとくことって大事なんすわ。だってもしかしたら、そういうよしみでほんのちょこっとでも使ってもらえるかもしれないっすからね。実力がありゃそんなのいらないんでしょうけど、いまの御時世、どんな理由であれ表に出たモン勝ちってなところもありますし――」
そう言って、牧田は媚びたような視線を送り、にへら、と笑った。
「ぐふ。ってなわけで、頼んますね、山海さん。何か上手いこと隙間があったらいつでも声かけてください。バンジーでも、熱湯風呂でも、やりますんで。――あぁ、でも
「わ、わかった」
確かに今回の礼として自分達の番組に呼ぶ気ではいたが、何もそこまで過酷なことをさせるつもりはない。純粋にネタで勝負してもらおうと思っていたのだが。
「さてさて、こんな話をしてる場合じゃないんす」
ぱん、と両手を合わせ、牧田は椅子の上に置いてあった自身のくたびれたトートバッグから、ポータブルDVDプレーヤーとクリアファイルを取り出した。
「はい、山海さん。とりあえずざっとで良いので目を通して下さい」
牧田はファイルの中からホチキス留めした書類を取り出し、章灯に渡す。それは3部あるようで、もう1部は彼の手もとに、そしてもう1部はというとファイルの中に残ったままだ。一体何だ、と見てみると、表紙である1頁目は目次になっており、『戦場跡地の兵隊』『廃病院のすすり泣く声』『裏山の女の子』と書かれている。それぞれ2頁ずつ割り振られているようで、ぺらりとめくってみれば、これは例の心霊特番で流すVTRの脚本であるらしい。地平線のようにまっすぐ伸びる直線に2分されたA4用紙の上段には、秒刻みの時間が、下段には登場人物の台詞や動きなどが詳細に記されている。
「牧田君、これは……」
「ぐへへ。山海さんからお借りしたVを見て作りました。いやぁ、結構大変でしたよ」
「そんな……。だって、牧田君だってこういうの苦手なんじゃ……」
「そうなんす。だから、事後報告になってしまって申し訳ないんすけど……」
すんませんっしたぁっ! と勢いよく頭を下げてから、やはり同じくらいのスピードで身体を起こし、ドアに向かって「おい」と声をかける。
その合図でゆっくりと扉が開かれ、そこからおずおずと――、
「失礼します――……。どうも――……」
ひょろりとした男が顔を出した。
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