♪10 牧田の裏技
「さっき
「――へ? あぁ! さっきの話っすか」
『――ウチの相方、どういうわけか、ホラー映画一本見た後じゃないとネタ書けないんすよ。俺、ホラーなんて超苦手っすのに!』
『マキもそれに付き合わなくちゃいけないのか?』
『そうなんす。
『そりゃ大変だなぁ』
『ぐふ、でもね、コーダさん、アイツはね、別に俺がその場にいりゃあそれで良いんす』
『――は?』
『俺がちゃんと見てようがいまいが関係ねぇんすよ。だから俺、【裏技】使ってるんす!』
「……というわけで、その『裏技』というのを伝授していただきたく――」
そう言って
そこで、拍子抜けしまくった牧田が、「そこまでの裏技でもねぇんすけど……」と教えてくれたのが、『見ているようで見ていない、聞いているようで聞いていない作戦』というものだったのである。
ただ、牧田は章灯のように視力が良いわけではない。むしろその逆で、普段はかなり度のキツイ眼鏡をかけている。そこで、彼は『踊る道化師』の踊れる方こと
「ウチのアパート、壁が薄いんで、俺達、音はヘッドホンで聞いてるんすよ。だから、俺の方だけわざと断線してるやつ使ってるんす。んで、ずーっと膝を抱えて震えてるってだけっす」
「へぇー。でもそれ、バレないの? 度付き眼鏡って、目が小さくなったり大きくなったりしなかったっけ」
「バレません、バレません。全ッ然バレませんよ。だって見てる間は正面から顔見られることなんてないっすから。それに見たところで、俺の眼鏡は元々そういう風にならないような加工してもらってるやつなんす。ヘッドホンにしても、あいつ、そういうのに結構拘るんで、何かすげぇ高いやつなんす。俺のは安もんなんで」
「成る程……」
「しかし、何でこんなこと聞くんすか?」
当然の問いだろう。
向田の前では『裏技』だなんてデカいことを言ったが、所詮は子ども騙しのような手口である。
そんな子ども騙しの『裏技』に、この人気アナウンサー様が何の用があるというのか。
「えっと……あの……それが……」
交換条件というのなら、番組に出演させてもらうだけでも充分に釣りが来る。牧田もそれくらいはわかっている。しかし、章灯にしてみれば、それの答えも必要だと言うのなら喜んで上乗せしてしまいたくなるほど価値のある情報だった。
別にそこまで隠すようなことでもない。どんな手を使ってでも隠さなくてはならないことは他にある。
それは例えば、既に自分が既婚者であることとか。
その相手が相棒のAKIであるとか――。
AKIはもしかしたら男性では無いのではないか、という噂は結成直後からあった。ただしそれは都市伝説レベルの話であって、結局はそう思えてしまうほどの『美貌』やら『華奢さ』だとかに帰結する類のものだ。
しかし正直なところ、ソッチ方面の方々からすれば、AKIは男性である方が何かと『捗る』らしく、幸いなことにそれを暴こうという動きは現在のところ、無い。
かといって、結成してから9年、AKI単体としてのデビューから考えれば実に13年もの間隠し通して来たその『真実』が公になれば、大変なことになるだろう。
それに比べりゃ俺の
そう思った。
だから章灯は包み隠さずに話した。
自分が極度の怖がりであること。
それなのに、今夏の心霊特番のMCに抜擢されてしまったことを。
「別に俺のイメージくらい、いまさら崩れたって全然構わないんだけどさ。知り合い……にちょっと恰好つけちゃって」
「でも、意外っすわ。山海アナの方はまだしも、あのホラ、ユニットの方のSHOWさん、あっちの方なんかは、そういうの全然平気そうっすけどね。ドクロついた服とかいっつも着てるじゃないっすか」
「ドクロね。ああいうのは平気なんだよ。静止画だし。でも、あれが動き出すともうダメなんだよね」
「女子っすねぇ……。いや、いまは案外女子の方がタフかもっすけど。こないだ映画館の前通ったら、新作ホラーのパネルの前で女の子達が写真撮りまくってましたし」
あれは主演の俳優目当てかもっすけど、と付け加えて、牧田はカカカと笑った。
「でも、これはあくまでも伝田を騙すためだけのやつっすからねぇ。ちょいちょいワイプで抜かれるじゃないっすか。ずっと同じリアクションで大丈夫なんすか?」
「あ――……確かに。さすがに映る回数は少ないとは思うけど」
どうしたものか、と章灯が俯いている間に牧田は「ちょっとすんません」と言って軽やかに階段を数段下りていった。
そしてものの数十秒後にこぼれんばかりの笑みを湛えて再び戻り、「山海さん、とりあえずバイトの時間ずらしてもらいました! ちょっと作戦練りましょう!」と言って、スマホを握りしめたままVサインをして見せた。
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