8/11 山の日・後編
「ぐふぅ……飲んだぁ、俺ぇ~」
ご機嫌な
「年なのかなぁ~。参ったなぁ~、参った」
だいぶ酔っているという自覚はあるらしく、それを残念に思っているような声色である。
結局晶はというとフルーツビールを4杯ほど飲んだ。そのうちの半分はノンアルコールだったが。
もともと大して酒に強い方ではないため、ほろ酔いではあるのだろうが意識の半分は夢の中である。こくりこくりと前後左右に舟を漕いでは、章灯にぶつかって「すみません」と半端に覚醒する。「もたれて寝ても良いんだぞ」と肩を抱き寄せると、「大丈夫です」と何とも頼もしい答えが返ってくる。
そんなやり取りも既に3回目。
晶を除く車内の誰もが「それは大丈夫とは言わないんだぞ!」の言葉を飲み込んでいる。
いっそ何も言わないでいた方が良いのでは、と判断した章灯があえて口をつぐむと、ものの数分で深めの寝息が聞こえてきた。
ただしそれは、助手席からだったが。
――アンタかよ!
心の中でそう突っ込む。ルームミラーで長田と目が合うと、彼もまた大袈裟に肩を竦めて見せた。
しかし程なくして彼の隣からも可愛らしい寝息が聞こえ、章灯と長田は目を合わせて満足げに笑った。
車の揺れのどさくさに紛れて晶の手に触れる。さりげなく握ってみても彼女が起きる気配はなかった。
2人きりじゃないのは残念だったが、あんなに人の多いところは危険すぎる。しっかりと変装したとしても、万が一、見つかってしまえば、厳重に警戒したことが逆に怪しい。けれどこのメンバーなら。普段から4人が集まって飲んでいる様子を湖上が画像付でSpreadDERにあげているため、周囲に気付かれてもこれといって問題はない。
先のSpreadもつまりは先手である。無理矢理章灯と晶のツーショットを加工するなりして作り上げ、自分達の都合の良い関係に仕立てあげようとする下衆な週刊誌もあるのだ。
相変わらずの抜け目のなさに、頭が下がる。
それでも、2人きりなら――、と思わずにはいられなかった。
そう思って、さっきよりも強めに手を握ると、控えめに彼女も握り返してくる。ルームミラーを見たが、長田はというと晶も寝たということに安心したのか、運転に集中しているようだ。
もう一度、きゅ、と握ってみる。するとやはり、きゅ、と握り返される。
起きてんのか、それとも無意識なのか。
どうしたものかと考えあぐねていると――、
「楽しかったです、今日は」
という控えめな声が聞こえた。肩にもたれているため、寝言なのか、それとも目を開けているのかもわからない。ただ、その声だけははっきりと聞こえた。
「俺も」
良いか、どっちでも。
そう思って、そう返す。
どうせ家に着いたら部屋に運ぶ過程で起きるだろう。
そう高をくくって、章灯は晶の頭に頬擦りをした。
柔らかい黒髪は自分と同じシャンプーの匂いがした。
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