♪38 黙って俺について来い (終)

「もう痛いくらいに思い知りました。これからは私の歌だけを歌って下さい」

「――は?」

章灯しょうとさんの声に重ねるのは私の声だけです」

「え? いや、アキ?」

「他の人にも曲を書いてる私が言うのはおかしいってわかってます。私の身勝手なわがままです。だけど、章灯さんをヴォーカリストにしたのは私です」

「いや、それはわかってる……けど」

「私の曲で、私だけの曲でヴォーカリストになってください。絶対に、絶対に後悔させませんから、ついて来て下さい」

「お、おう……、でもそれって何ていうか……」


 本来俺が言うべき台詞なんじゃ。

 っていうか、いや、ORANGE RODの屋台骨はアキなわけだから間違っちゃいないんだろうけど。


 そう考え、章灯はぷっと吹き出した。


「な……何ですか? 私、何かおかしいこと言いましたか?」

「おかしいことも何も。何か俺、アキにプロポーズされたみてぇだ」

「……ぇえっ? いえ、そんな意味では……っ!」

「え~? 違うのかよぉ。どこからどう聞いてもプロポーズだろ? 『黙って俺について来い』だなんてよぉ」

「そっ、そんなこと言ってません! 俺に、だなんて!」

「そこかよ」

「だっ、第一! 私達はもうそういう関係で……っ!」


 あきらは勢い良く身を乗り出そうとしたところで自身を拘束するシートベルトの存在に気付き、慌ててそれを外した。その後で身体を捻り、シートの上に左足を乗せ、章灯のヘッドレストに手をかける。章灯が、ずずいと近付いて来た晶の頬に手を伸ばすと、彼女はぴくりと肩を震わせた。


「随分と積極的だな、アキ。こんなところで迫るなんて」

「――え?」

「いや、もう絵的には完全に俺、お前に口説かれてる感じなんだけど。持ち帰って食うか?」

「く、食うって……、そ……れは……」


 その言葉に怯んだ晶が、浮かせていた腰を再びシートに沈めようとヘッドレストにかけていた手を離した。しかし、そうはさせるかと、今度は章灯がベルトを外して身を乗り出し、その手を掴む。


「――まぁ、返り討ちにするけど」

「それじゃ結局……」

「くははは、いつものパターンだな」


 口と口が触れるギリギリのところまで顔を近付け、顔をくしゃくしゃにして笑う。


「俺はもうずっと前からお前のモンだし、アキも俺のモンだ。いつまでもぐちぐちくだらねぇことにこだわってねぇで、黙って俺について来い」


 ため息まじりにそう言ってから、軽く重ねるだけのキスをする。

 そこでやっと晶は全身の力を抜いた。


「章灯さんには敵いません」

 

 晶がそう呟くと、2人はわずか数センチの距離で顔を向かい合わせて笑った。


 ちなみに、晶が14歳の章灯のために作った曲は、現在の章灯のために書き直され、大量にストックされていることを、彼はまだ知らされていない。


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