♪16 手を繋ごう
「どうしてわかったんですか、私だって」
黒のロングコートにグレーのカットソー、そして黒のスキニーパンツ、足元は男物のスニーカーという出で立ちの
確かにこの恰好だけなら、いつも見慣れている章灯であれば、晶とすぐにバレてしまうだろう、でもいまは――、
ロングヘアーのウィッグに赤い縁の眼鏡をかけているのだ。
「――わかったんだよ、何でか」
「だって、この眼鏡はさっき買ったばかりで」
「だろうな。見たことねぇ」
「ウィッグだって、こういうのは初めてでしたし」
「どぎついのは一回被ったけどな」
「自分では上手いこと『化けた』つもりだったんですが」
「化けるも何も、アキは女じゃねぇか」
「そうですけど……」
「わかっちまったもんは仕方ねぇだろ。それよりどうしたんだよ、そんな恰好で」
もしかして、他のやつと――『あいつ』と会うために?
そんな考えがふとよぎる。しかし、もし仮に『そいつ』と会うのだとしたら、それは『男』のAKIであって、『女』の晶ではない。この恰好をする理由にはならないだろう。
「えっと……部屋から出たくて」
「部屋から出たいとカツラ被って眼鏡なのか?」
「そうじゃなくて……その……、女の恰好のまま出て来ちゃって、それで……変装しようと思って眼鏡屋さんに……」
成る程。
自分が言っていた「出かける時はサングラスくらいはしろよ」というのを忠実に守ろうとしたのだ。しかし、彼女はサングラスくらいいくつも持っていたはずである。忘れたのなら引き返せば良いだけの話ではないか。そう指摘しそうになり、章灯は喉まで出かかっていた「一旦戻れば良かったじゃないか」という言葉を飲み込んだ。きっと晶なりの事情があったのだ。
「お店の人にこれを勧められて、そしたら、なんかちょっと女っぽく見えたので……いっそ、と思って……」
女っぽくって……、だからお前は女じゃねぇかよ。
「そしたら全然私だってバレないんです。盲点でした」
そう締め括り、晶は章灯に向かって笑いかけた。とんでもない発見だ、とでも言いたげな表情である。
そうか、バレないのなら……。
「――アキ、手」
すっくと立ち上がり、左手を差し出す。その意図に気付かない晶は、首を傾げつつまるでお手をする犬のように自分の左手をぽんと乗せた。
「何ですか?」
「いや、そうじゃなくて。繋ごうぜ。俺もちょっと買いたいものあるからさ、付き合ってくれ」
照れ臭さから俯き加減でそう言うと、乗せられた手をぎゅっと握り、ゆっくりと引き寄せて立ち上がらせた。さぁ、行くか、というところで手が逆だということに気付く。
「アキは右手な」
「……はい」
「こうやって歩くの久し振りだな」
「はい」
「最後に繋いだのはいつだったか覚えてるか?」
「最後というか、最初というか……。4年前ですよね。その時もこの辺りを」
「そうそう」
「化粧……してくれば良かったですね」
「んー? いらねぇよ。アキはそのままで充分めんけぇ」
「めっ……!? そっ、そんなこと……!」
「赤い眼鏡も良く似合ってる」
「ありがとう……ございます……。章灯さんも似合ってます」
「はは。そうか? 何か変な感じだけどな、俺は」
買いたいものがある。
そう言って章灯が向かったのは、種類の豊富さと価格の安さを売りにしている雑貨屋風の眼鏡屋であった。そこで普段なら絶対に選ばないような太めの白縁の眼鏡を購入したのである。本当は晶の赤に合わせて、自分のテーマカラーとも言える青を選びたかったのだが、遠目だと黒縁と大差ないのではと思い、真逆の色にしたというわけだ。さらにそこで売っていたグレーの中折れ帽も購入した。
「気付かれねぇもんだな」
「本当ですね」
すれ違う人は皆自分のことで手一杯の様子で、せかせかとせわしなく歩いている。友人と連れ立って歩く者達もまた、おしゃべりやあるいは手にしたスマートフォンに夢中である。さすがにそれは相手にも失礼だし、第一危険じゃないか。歩きスマホの危険性やそれが如何に無粋な行為であるか等、番組の中でうまく伝えられないかとつい考えていると、晶が急に立ち止まり、彼の手を引いた。
「章灯さん、私も行きたいところがあるんですが」
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