♪4 おめでとうございます
「んで? 何があったんだよ。らしくないぞ。ミスもそうだし、いまもさぁ」
佐伯は見た目にそぐわぬ美声でそう言ってから、ビールで喉を潤し、肩頬を上げてニヤリと笑った。
「――女だろ?」
「――ぐぅ……っ!?」
冷たいビールが喉を通過する直前にズバリと言い当てられ、
「はっはー、ビンゴー」
「別に……そんなんじゃねぇし……」
そう強がってはみたものの、佐伯にはバレバレのようで、頬杖を突いたままニヤニヤと笑っている。
そうだよ、これじゃアキとおんなじじゃねえか。この場合の『別に』は『YES』と同義だ。
「良いよなぁ、
「……何がだよ」
「んー? いや、俺も女絡みで悩んでみたいなぁって」
「何だそれ」
「女にはとんと縁が無いんだよなぁ、俺」
自虐気味にそう言って、佐伯は運ばれてきた漬け物をつまんだ。
「あれか?
「おっ……、お前も知ってるのかよ」
つい口が滑ってしまう。今日は何だか本当に口が緩い。
「やっぱりそうなんだな。ていうかな、局内では有名だぞ。あいつ隠さないんだもんなぁ」
「…………」
悩んでいるのは
「んで、一部のやつらが言うには、山海がOKしないのはそっちの気があるからで、お相手は『
「マジかよ……」
確かに。
確かにそれはある意味間違ってはいない。章灯の相手は晶なのだから。ただ違うのは章灯は完全にノーマルであるという点だろう。何せ晶はれっきとした女性なのである。
「大丈夫! 俺は信じてない! 新人の頃、水泳大会で一緒に鼻の下を伸ばした仲だもんな!」
「そういやそんなこともあったな」
新人の頃に渋々といった体で参加した局対抗の水泳大会を思い出す。いまやアイドル顔負けの人気を持つ女子アナ達の水着姿はどれも華やかで、若い男子アナの2人には目の保養を通り越して軽く拷問だった。いまも瞼に残るその美しい肢体を思い出し、章灯は――、
アキの水着姿も見てみてぇな。
そう思った。
何かあったのかと聞いた割に佐伯は深く追求することもせず、新人時代の思い出話に花を咲かせてみたり、章灯の食レポへのダメ出しをしたりした。不調の原因が女絡みとわかった以上、それに関してはほとんど経験の無い自分がアドバイス出来ることなど皆無である。であればいっそ、この場はとにかく楽しく過ごす方に舵を切ったというわけなのだった。
もちろんそれで事態が好転するわけもないのだが、それでも良い気分転換にはなったようで、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
今日からまた頑張ろう。――少なくとも、仕事に支障は出さないようにしないとな。プロとして。
厄介な仕事が舞い込んできたのは、章灯がそんな決意を持って出社したその翌日のことである。
「おめでとう、山海!」
「おめでとうございます、先輩!」
「おー、山ちゃん! とうとうやったな!」
「章灯ぉ~、ずるいぞお前ぇ~」
「山海君、良かったわね」
社内に一歩足を踏み入れ、人とすれ違う度にかけられる祝いの言葉に、章灯はペコペコと頭を下げまくる。最初のうちは立ち止まって深々と礼をしていたのだが、それだと一向にデスクにたどり着けないということに気付き、このスタイルになったのであった。
「ふぅ」
やっと自席にたどり着いた章灯は隣に座る明花と視線を合わせ、ニッと笑った。
「おはよ」
「おはようございます。それから、おめでとうございます」
朝の挨拶もそこそこに、明花はとびきりの笑顔でそう言った。
「ありがと。でも、汀の方がすごいだろ、おめでとう」
「いえ、私なんかは本当にまぐれというか、何というか……」
照れくさそうにうつむき加減でシフォン素材のブラウスの裾を摘まむ。
「まぐれなわけないじゃーん! ホラホラ、
口を挟んできたのは明花の同期の木崎康介である。彼は日のテレ一、いや、男子アナ界一とも言われているイケメンだ。その手に握られているのは、日のテレ公式SpreaDERが表示されたスマートフォンであった。
「そうそう、木崎君の言う通りだよ。汀は愛嬌があって親しみやすいし切り返しも上手い。それにやっぱり食レポがなぁ……」
「ダントツっすよねぇ。さすが、日のテレ一の食い道楽……」
「ちょ……っ! 木崎君っ!? いま私が先輩と話してるんだから入ってこないで!」
「あーぁ、こういうこと言っちゃうんだもんなぁ、女子アナ人気ランキング2連覇樣は~」
キヒヒと笑いながらキャスター付きの椅子を滑らせ去っていく。
そう、この日、山海章灯は、入社9年目にして男子アナ人気ランキング1位の栄光に輝いたのであった。
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