♪5 厄介な仕事
「いやぁ、さすがはウチの看板アナ!」
ほくほく顔の榊局長に呼ばれた
「しかも
「ありがとうございます」
「『WAKE!』から『シャキッと!』の時間帯の視聴率もぶっちぎりだしな!」
この調子で頼むぞ、と言った後で、本日何度目かわからない握手をかわした。
ちらりと隣を見ると、笑顔を浮かべながらも困った表情の明花がいる。章灯の視線に気付くと、彼女はほんの少しだけ肩をすくめて見せた。
さて、話はこれで終いだろうかとさりげなく壁時計を見る。次の仕事まではまだ余裕があるのだが、かといって暇なわけでもないのだ。
「――で、だ」
「はい?」
何がどう「で」なのかわからず、章灯は気の抜けた声を発した。
「はい、お前達の仕事」
そう言いながら2人の前にそれなりの厚さがある冊子を置いた。一体これは何なんだと手を伸ばして気付く。
「これって……台本じゃないですか……」
「そうだ」
「先輩、コレ、『ニンジャ? ナンジャ?』の劇場版ですよ!」
いち早く台本を手にした明花は興奮気味な声を上げた。
放送開始から19年を迎えた国民的アニメ『ニンジャ? ナンジャ?』は、見習い忍者の
そしてこのアニメの劇場版は、毎年新年度に合わせて上映されており、その時その時の話題の人物がゲスト声優として声を当てる。
いやいや、確かに『ニンジャ? ナンジャ?』はウチの局のアニメだけれども、だからといってアナウンサーをゲスト枠に入れるのは……。
いくら人気ランキングで1位をとったコンビだとはいえ、アナウンサーなんて所詮はテレビ局の社員である。
「局長、さすがに僕達は……」
どうにか辞退出来ないものかと手に取った台本を榊に突き返そうとした時、彼の右腕を明花がツンツンと控えめに突いた。
「先輩、見てください」
その言葉で彼女の方を見る。明花は自分の持っている台本を開くと、1頁目に書かれている配役一覧を指差した。
『映画 ニンジャ? ナンジャ? ~泣き虫殿様とおてんば姫~ 配役一覧』
・猿飛忍太郎……高田みなみ
・服部泰蔵……棚山亜弓
・京極あんず……森原つぐみ
・煙巻十兵衛……小塚明雄
・柑橘城11代目当主 甘夏章之進……
・藤色城8代目当主 村崎千吉の娘 エリ姫……千石英梨(ふじ色ガールズ
・エリ姫の付き人 おさや……汀明花
「先輩、結構良い役ですよ」
「本当だ。当主って……。――いやいやいやいや! 尚更ですよ、局長!?」
今回のヒロインらしい千石英梨といえば、いまや押しも押されもせぬトップアイドルグループ『ふじ色ガールズA』のセンターだ。サブタイトルから考えるとどうやら『泣き虫殿様』らしい自分と『おてんば姫』らしい千石英梨が絡むストーリーのようである。
何で俺が? 汀は相応に『付き人』じゃねぇか!
――ん? あれ、ということはもしかして、『山海章灯』としての仕事じゃなくて『SHOW』の方の仕事?
「――言っとくが、お前には拒否権無いぞ。もう決定事項だからな」
「えっ、いえ、でも」
「社長命令だし」
「しゃっ、社長って……? どっちの……」
渡辺社長!? カナレコの?
「ウチの日野社長に決まってるだろ。最近はアッチの方にお前取られちゃってるからなぁ。ウチの社員が活躍してるってのは嬉しいみたいだけど、何ていうか、やっぱり寂しいのかねぇ」
榊はそう言うと遠い目をして、ふぅ、とため息をついた。彼の言葉に何故か明花も大きく頷いている。
そう言われてしまうと……。
章灯は日野社長の顔を思い出す。まだ好々『爺』だなんて年じゃないにも関わらず、彼を表現する時にはいつもこの言葉を使いたくなってしまう。
日の出テレビ創業者の甥っ子である日野健夫は、どんな時でも決して激昂することなく、常に穏やかな笑みを湛えている。いまでこそ高視聴率番組をいくつも抱えるまでに成長した日の出テレビだが、厳しい時代も多くあった。それなのに、彼を良く知る人物の話では、「どんな時でも日野は日野」なのだという。
社員に愛されまくっている社長を思うと、まさか無理とは言えず、章灯は「わかりました」と力なく答えた。
「あぁ、あと、それからな――」
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