The Event 5(19××~20××)
4/1 エイプリルフール・前編
ウチには母さんがいなくて。
あいつの家には父さんがいない。
幼稚園の時からいまのいままでずぅっと同じクラスの腐れ縁。おまけに家だってすぐ近くだ。こういうのを『幼馴染み』って言うんだろう。漫画やアニメだとそんな『幼馴染み』は片想いの対象だったり、それでいて案外両想いだったりするものだ。
だから、その御多分に漏れず――というわけではないんだけど、やっぱり俺もあいつのことが気になっていたりする。
何となく、何となくだけど、あいつの方でももしかしたら俺のこと同じように思ってくれてるような感じはするものの、俺達は、男だとか女だとかそういう枠からめいっぱいはみ出した『親友』だ。いままでも一緒にいたし、これから先もきっと、ずぅっと一緒だろう。
そうやって毎日過ごしていったら、いつか、ごく自然にもっともっと近くなって、本当、自分達でも気付かないうちに家族になっちゃってたりして。
そんな風に考えてた。
だって俺はまだ子どもだから。
まさか、離れ離れになっちゃうなんて、夢にも思ってなかった。
だって、9年間、転勤の『て』の字もなかったのに。
エイテン? 何それ。よくわかんねぇ。
先生にも新学期までは言わないでってお願いして、あいつにも言えないまま、とうとう引っ越しの日はやって来た。
足手まといになるから、とか、最後の思い出を作ってくる、とか適当な理由をつけて、家を飛び出した。
時刻は現在10時。荷出しのトラックが来るのは11時だ。
俺は走ってあいつの家――といってもアパートだけど――に向かった。
何て誘い出せばいいかわからず、とりあえず「公園に行こうぜ」と言ってあいつの――カナの手をとった。
「ねぇ、どうしたの、ミナ?」
「何でもない」
「何でもないの? だったらあたし帰って良い?」
「ちょっ……!?」
それにつられて秋山
「ウソウソ。行かないってば。どうしたの、ホント」
今日のミナ何か変、と言いながら、要は再び腰を落とし、ブランコをこぎ始めた。しばらく小さな揺れを楽しんでから、ふと思い出したように「あっ!」と声を上げる。彼女に倣ってブランコを揺らしていた湊は急に上げられたその声にびくりと身体を震わせた。
「いっ、いまのナシナシ! ノーカン! ノーカンにして!」
「……はぁ?」
とぼけた声を発した湊に呆れたような視線を向け、要はわざとらしくため息をついた。
「今日はエイプリルフールでしょ?」
「……っあぁ!」
「あぁ、じゃないよ。まったくもぉー。午前中のうちはどんな嘘でもついて良い日なのに、あんなつまんない嘘で終わっちゃうの嫌じゃん」
「確かになぁ」
そうか、エイプリルフールか。
鎖を握る手に力を込める。
いまならどんな言葉でも嘘になるんだ。
「カナ、実は俺、引っ越すんだ」
まっすぐ前を見て、湊は言った。
あんな会話をした後だ、案の定要は、騙されてたまるか、といった表情で身を乗り出し湊の顔を顔を覗き込んだ。
「はいはい、そう来ましたか。成る程成る程。……で? どこに行くの?」
「とっ、東京……」
「へぇ~え、東京かぁ~。いやぁ~、そっかそっかぁ。じゃ新学期、ミナはいないわけかぁ」
「……寂しいとか、あるか?」
いつもの湊では考えられないくらいに小さな声でポツリと聞こえた言葉に驚く。
何よ、随分引っ張るのね。
「まっさかぁ! そろそろミナの顔に飽きてた頃だもん。まぁ、引っ越しなんかしなくたって、今年こそはきっとクラスも離れちゃうだろうしね」
「……だよな」
消えそうな声でそう吐き出し、湊は俯いた。
それを見て、もしかして、と要は思う。
もしかして、ミナ、傷付いた? と。
湊の父親が東日本に支社のある重器メーカーに勤めているのは要も知っている。ただ、湊が産まれてから一度も転勤などしたことが無い。それも知っている。自分達が産まれてからずっと無かったということは、これから先も無いということだ。そう結論付けてしまうのは、やはり彼女も子どもだからである。大人には大人の事情というものがあるのだ。例えば、出世をちらつかせられているだとか、あるいはその逆で、この話を蹴ればこれ以上の昇進は無い、であるとか。
とにもかくにも、ただの子どもである要は、湊が、自分の欲しい反応を貰えなかったことに拗ねているのだと、そう思った。
何よ、ミナったら。あたしに寂しいって言ってほしかったのね。
可愛いやつ、なんて思いながら、要はイーっと歯を見せて笑った。
「ウーソだよっ! ミナがいなくなったら、あたし寂しい。本当はクラスだって離れたくなんかないよ」
「……それもエイプリルフールの嘘だろ、どうせ」
なぁーんちゃって、ウッソだよーん、の代わりに尚も拗ねた声を発する湊を、要はいよいよもっておかしいと思い始めた。
まさか引っ越しが本当なわけは無いとしても、今日のミナは絶対に変だ。
「もう、どうしたのよミナ。今日やっぱり変だよ?」
要は再度湊の顔を覗き込む。下唇を噛んで俯いていた湊は、鼻の奥につんとした痛みを感じた。
まずい。
これは涙が出てくる直前のシグナルだ。
そう思い、勢いよくブランコを降りた。がらぁんがらん、と音を立て、ブランコは前後左右に大きく揺れる。そして湊はその勢いのまま、要の前に立った。怒ったような、それでいて真剣なその表情に、一瞬たじろぐ。
「……うっ、そ、だよ~ん! 引っ掛かった引っ掛かったぁ~!」
「ちょっ、ちょっと何よー! あたし別に引っ掛かってなんか……」
「どぉーだ、俺の迫真の演技!」
「はいはい、上手上手」
軽くいなすような態度を取りつつも、心臓はいつもより速く脈打っていた。
何よ、ミナってば、脅かして。
その後は他愛もない話をし、いつものように別れた。それじゃあね、また休み明けに学校で。そんな挨拶をして。
そんな風に別れても、いつも長期休み中は学校が始まる前に何度も会うのに。だけど何となく決まりのように『また休み明けに学校で』で締めるのである。だから今日もそう言って別れた。
12時15分。
珍しく午前上がりの母――梗子が、今日はもう疲れたと言って近所の弁当屋で買った唐揚げ弁当を手に帰って来た。蓋が締まらないほどボリュームのあるその弁当は梗子の大好物で、彼女の仕事が繁忙期を迎えると度々食卓に登場するのである。それでも「兄ちゃんの作る唐揚げには勝てないんだけどねぇ」とお決まりのように呟きながら、肉汁の滴る唐揚げに齧り付く姿を見て、要は、いつか伯父さんの唐揚げを食べてみたいと思うのだった。
「そういえば要、湊君には挨拶して来たの?」
「挨拶? 挨拶って、何の?」
「なぁーに、とぼけちゃって。湊君のトコ、今日引っ越しでしょ?」
「……は? あぁ、それはね、エイプリルフールの嘘よ、ウーソ。まったくミナったら、ママまで巻き込むなんて……」
「嘘? あそこん家のパパさん、そんな嘘つくようなタイプじゃないんだけど……。ていうか、あたしにそんな嘘ついてどうするのかしら」
「え? ミナが言ってたんじゃないの?」
「違うわよ? パパさん」
要の箸から唐揚げがポロリと落ちた。
「――え?」
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