♪20 似ているところ
「まず! アキは俺に似て料理が美味い!」
人差し指をぴんと立て、
「それから! アキは俺に似て女にモテる!」
それもまぁ間違ってはいない。女にモテなければプレイボーイにはなれないし、晶ファンの80%は女性なのだ。
確かに、と章灯が納得している隣で晶は大きくため息をつき、斜め向かいのカナは眉をしかめて首を傾げている。
「まだまだあるぞ。靴下を履くのは左足からだし、好きなものは最初に食うし、音楽の成績はずっと5だし……」
次々と挙げられる『似ているところ』に章灯は苦笑した。そしてテーブルの上にある緑茶のペットボトルがほぼ空になっていることに気付いた。そこまで長居する気は無いが飲み物はあった方が良いだろうと、「向かいのコンビニで飲み物買って来ますね」と言って席を立つ。まぁ、この様子ならちょっとの間3人にしても大丈夫だろう。湖上は「おう」とだけ言ってオートロックの解除キーを渡した。
晶もまた、やや呆れながらもまんざらでもない表情でグラスに口をつける。さっきまでの緊張はかなり解れたようだった。財布だけを持った章灯がパタンとリビングのドアを閉める。
それを見計らったかのようなタイミングで湖上が口を開いた。
「――そんでもって極めつけは、俺もアキも年上が好きってことだ!」
「――……っ!? ゴホッ、ゴホッ……」
口に含んだ緑茶をギリギリのところで飲み込むことに成功したものの、僅かに気管に入り込んだらしく晶は咳き込んだ。
「え~っ? アキさん年上好きなのぉ~? 残念~」
「はっはっはー。何せ婚約者は6つも上だからなぁ。お前みてぇなケツの青いガキになんざこれっぽっちも興味ねぇよ」
「ちょっ、ちょっと……」
「婚約してるの~? ねぇ、どんな人? どんな人~?」
「いや、その……」
「聞きてぇか? 聞きてぇよなぁ。アキの婚約者はなぁ、アキの料理をそれはそれは美味そうに食ってなぁ」
「へぇー。その人、お料理はしないの?」
「それはからっきしなんだよなぁ。でもその代わり、めっちゃくちゃきれい好きだぞ」
「なぁるほど、役割分担なのね」
「そうそう。そんでもってなぁ、すらりと長身でスタイルも抜群だし、礼儀正しく愛想も良い。常識もあるし、社交性も充分。大学だって確か国立じゃなかったかなぁ」
「何よそれ。完璧すぎるじゃない」
「見た目もそこそこ、だな。中の上ってとこか。……だよな、アキ?」
「…………」
「いや、上の中、かな?」
意地悪そうな声で問い掛けられるその質問に、晶は断固答えなかった。しかし、耳まで赤くなったのがその答えであろう。
「でもそんな完璧ちゃんなのに、ホラー映画が怖~い、なんつってアキの胸に顔を埋めたりしてよぉ」
「かっわい~い! ギャップね~!」
「むっ、胸には……っ!」
「お? 胸じゃなかったか。成る程、違うとこに埋めた、と。まぁ、ここには未成年がいるからあんまし掘り下げんのは止めとくか」
「ちょ……っ!」
「アキさん落ち着いて落ち着いて」
思わず腰を浮かせた晶をカナがなだめる。
「アキさん、顔が真っ赤ですよ。ホラ、お茶飲んで飲んで」
勧められるがまま温くなった緑茶を飲む。少しでもこの火照った身体を冷ましたかった。しかし――、
「それでそれで?」
どうしてこの子は尚も湖上を焚き付けてくれるのか。どうして女というのは他人の色恋話が好きなのだろう。
「アキさんは婚約者さんのどこが好きなの~?」
身を乗り出し、ぐいぐいと顔を近づけてくるカナからどうにか距離を取ろうと、晶は背中をのけ反らせた。
「え……っと……、その……歌声……が……」
「歌声? え~、天使の歌声みたいな~?」
「いや……、天使というわけでは……」
しどろもどろになりながらもなんだかんだで答えてしまっている晶の姿を見て、湖上は必死に笑いを堪えている。
「じゃあじゃあ、セクシーなハスキーボイスみたいな?」
「ど……どちらかといえば……そう……かな……」
「そうなんだぁ~。へぇ~」
カナは瞳を輝かせながら感心したような声を上げた。成る程、男を落とすにはそういう切り口もあるのかと深く頷く。
「本当に良い声してるよなぁ、アキ。俺も初めて聞いた時ゾクゾクしたもんよぉ。艶っぽくて、伸びやかでなぁ」
「伯父さんがそこまで褒めるなんてねぇ」
カナは目を丸くしていかにも驚いたといった表情である。
やっぱり男親っていうのは、良く有りがちな『嫁姑問題』みたいなものはないのだろう。まぁ、義母と嫁という同性同士の組み合わせってわけでもないしね、とカナは自分を納得させた。
しかしカナ以上に驚いたのは晶の方だった。湖上がここまで章灯を褒めるなんて滅多にない。悪い気はしない。しないのだが……もうとにかく恥ずかしい。
「ねぇ、アキさんっ、やっぱりここぞって時はアキさんがリードするの?」
「こ、ここぞって……時……?」
ここぞの時も何も、自分はリードされっぱなしだ。強いて自分が主導権を握るとすればそれはレコーディングの時くらいだろう。
「そりゃあまぁ向こうだわな」
「えぇ~? そうなんだぁ。でもでも、たまにはアキさんの方からぐーって引っ張ってみたら、彼女さんも惚れ直しちゃうんじゃない? 年下でも、甘えてばっかりじゃダメよぅ」
「そ……そうかな……」
湖上はずっと『婚約者』と濁していたのに、カナからとうとう『彼女』と言われてしまい、それを否定出来ない晶は心の中で詫びた。
甘えてばかりじゃダメだ。その言葉だけは晶の胸に深く突き刺さる。
確かに自分は章灯さんに甘えてばかりだ。もう良い年した大人なのに――。
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