♪19 素敵な息子さん

「すごい行動力……」


 章灯しょうとはただただ感心していた。

 たった一人で家を出て自活を始めたあきらもなかなかだと思っていたのだが、こっちはさらに上だ。


 隣に座っている晶の方でもどうやら同様に感じていたらしく、口を半開きにした状態で呆けている。


「それで、東京に住んでるコガさんを頼ってやって来た、ってことですか?」

「おうよ。つってもこっちはこいつが産まれたって報告しか聞いてねぇし、名前だって皆『カンちゃん』って呼んでたからなぁ。海の向こうにいりゃあ、当然会えるもんでもねぇし」


 湖上こがみは肩頬を上げてニヤリと笑うと、さっきから俯いてしまっているカナの後頭部をわしわしとなで回した。


「普通に『姪です。家出したので泊めてください』って言やぁ良いのによぉ、『娘です。よろしくね、パパ』じゃねぇっつーの」

「だって……」


 ようやく口を開いたカナは拗ねたような声でそう言った。


「だって伯父さんすごいプレイボーイだってママから聞いてたから、娘だったら安全かと思って。それに、そっちの方が信ぴょう性あると思わない?」


 要の発言に最初に吹き出したのはなぜか晶だった。彼女は顔を背け肩を震わせている。


「おっ、おい、アキ! 何で笑うんだよ!」

「まぁまぁ、コガさん……」


 身を乗り出した湖上をなだめる章灯も口にこそ出さないが「確かに」と納得している。


「それで……あたしはどうしたら良いの?」


 ほんの少し和やかになった空間に、カナの涙混じりの声が響く。


「どうしたらって……。帰りの飛行機で帰りゃ良いじゃねぇか。もう高校は見て来たんだろ?」

「……だってママに言ったんでしょ、あたしが嘘ついたこと」

「ん? 梗子には何も言ってねぇぞ、俺」

「何で? だってあたしの名前……」

「お? 名前? あぁ、お前『カナ』って言ってたもんなぁ」

「そうよ。何でわかったの?」

「だってそれは俺が付けたんだからな」

「伯父さんが?」

「そうそう。小さい頃、ままごとの人形につけた名前よ」

「ままごとの?」

「あいつはちっちゃい頃お嫁さんになりたいって言っててなぁ、よくおままごとに付き合わされたんだよなぁ。そんで、お気に入りのお人形が俺らのガキでな、言うわけだよ『あなた、この子の名前は何にします?』ってよぅ」

「それで……」

「おう、名前はそん時そん時でコロコロ変わってたんだけどよ、いくつの時だったかなぁ、学校で『要』って字を習ったんだよな。そんでそれが『かなめ』って読むことも知ったんだわ。必要の『要』、肝心要の『要』、これはとっても大切って意味なんだぞーって偉そうに高説垂れてなぁ。そしたら梗子のやつ、それがえらい気に入ったみたいでな。その時からそのお人形さんの名前は要になったのよ。だからきっと、お前はカナじゃなくて要だろうって思ったわけだ。カナちゃんが訛って『カンちゃん』になったんだな」

「何よ、カマかけただけだったのね……」

「ふへへ。でも、当たったろ」


 そう言って湖上は照れたように笑った。それにつられて晶もふっと笑う。そのわずかな空気の流れを感じ取ったのか、カナは「そうだ!」と声を上げた。


「伯父さんも伯父さんよ! こんな素敵な息子さんがいるだなんて!」


 ――言った、はっきりと。『息子さん』と。


 やっぱりそうだよな、と何となく安心する一方で、ということは俺って一体どんな立場の人間としてここにいるのだろうと、章灯の背中を冷たい汗が伝う。


「うはは。恰好良いだろ」

「めっ……ちゃくちゃ恰好良い! 素敵! 伯父さんに全然似てない!」

「おいおいちょっと待て。そこは『けど』とかそういう言葉を挟め」

「え~?」

「何だよ、俺は恰好良くないっていうのか。いねぇぞ? こんな41歳」

「いないけどぉ~。あたし、こういうチャラチャラした金髪はねぇ~。それよりかは、こっちの黒髪の爽やかお兄さんの方が好き!」


 無邪気な笑顔と共に指を差され、一瞬どきりとしたが、爽やかという評価には決して悪い気はしない。どうも、と愛想笑いをしたところでこちらをじっと見つめている晶の視線に気付く。

 

 えっ? 何? 焼きもち?


 晶が焼きもちを焼いてくれるのは純粋に嬉しい。嬉しいのだが、まさかこの場で『俺にはアキだけだ!』などと叫ぶわけにもいかず、章灯は困惑した。晶の方では、話の流れでただ単に章灯を見ていただけだったのだが、どうにかアイコンタクトだけで伝わらないかと睨みつけるかのような視線を向けてくる彼に少々怯んだ。


「まぁ、章灯は爽やか好青年だけどなぁ……。これは俺のトレードマークだし、変える気はねぇよ」


 そう言いつつ、きれいに染められた前髪をよじる。


「それになぁ、俺とアキが似てるのは見た目じゃねぇんだもんなぁ」

「――えっ?」


 晶がほんの少し腰を浮かせた。


 似てるわけないじゃないか。だって2人は赤の他人だ。血だって一滴も繋がっていない。


「そうかなぁ、とっても寡黙で素敵じゃない。中身も似てないと思うけど」

「カナちゃん、その言い方だと……」


 章灯もさすがに湖上が可哀相になり、思わず口を挟んだ。


 確かに湖上は寡黙とはほぼ真逆の人間だ。でも、彼の恰好良さはそういうところじゃないのだ。


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