♪17 奇妙すぎる光景

 奇妙すぎる光景だった。

 ガラステーブルを挟んで『従』同士が『伯父』、あるいは『父』の作ったプリンを無言で食べるという、奇妙な光景がそこにあった。


 章灯しょうともまた、まさか目の前にいるここ最近は金髪を通り越して銀髪に近くなっている御年41のおっさんが作ったとは思えない美味さのプリンを口に運びながら、俺はどうしてここにいるんだっけと自問していた。


 あきらの方は無表情で黙々とプリンを食べているが、口に出さないだけで、絶対に、懐かしい味だとか、美味しいだとか思っているはずだ。彼女の斜め前に座っている湖上こがみが何となく満足気な表情で晶を見つめていることから、章灯はそう推測した。


 カナはカナで基本的には視線を晶に固定してはいるものの、時折ちらちらと章灯を盗み見るようにしている。恐らく、この2人の関係性を探っているのだ。湖上は晶を『息子』だとも『娘』だとも紹介していないので、恐らくカナは彼女を男だと思っているだろう。ということは、カナは章灯が晶のパートナーなのではないかと疑いの視線を向けているわけだ。まぁ、『パートナー』であるのはまず間違いない。ないのだが――。


 一体誰の好みに合わせているのか、甘さをぐっと控えめに作られたそのプリンを最初に完食したのは晶だった。無理に作った低めの声で「ごちそうさまでした」と呟く。それに続いて章灯もカップをテーブルの上に置いた。


 ――さて。


 さて、この後の展開はどうなるのだろう。

 とりあえず、2人はお互いに自分達が『イトコ』の関係であることを知った。だが、この後は?


「アキ、美味かったか?」

「……はい」

「久し振りだよな、俺のプリン」

「……はい」

「章灯も美味かったろ?」

「えっ、あっ、はい」

かなめはどうだ」

「美味しかった……けど……」

「けど、何だよぉ。俺がプリンが作ったらダメなのかよ。このプリンはなぁ、アキとかおるが小さい頃から……」

「そうじゃなくて!」

「お?」

「そうじゃなくて……」


 そう言ったきり、カナはセーラーのリボンの先をもみ洗いでもするかのように弄り、俯いてしまった。それを見て、湖上は宙を仰ぎ、頭を掻いた。


「説明が足りなかったよなぁ。アキ、要、ついでに章灯、ちょっとだけおっさんの昔話に付き合ってくれ」


 湖上はやけに真面目なトーンでそう切り出した。俺はついでかよ! なんて茶化せるような雰囲気でもなく、章灯はきちんと座り直す。


「要は母ちゃんから聞いてるかもしんねぇけどな、俺の母ちゃんはよぉ、俺を産んですぐに亡くなっちまってなぁ」


 声のトーンはいつもよりも暗かったが、それでも湖上はいつもどおりの軽い口調で語り出した。


「んで、さすがに記憶なんてねぇけど、新しい母ちゃん――つまり、要の祖母ちゃんがウチに来たのが俺が3歳の頃らしいんだわ。まぁ俺は18でカミングアウトされるまで本当の母親だと思ってたけどよ。有りがちな継子いじめってやつ? そんなのもなかったしよぉ」


 そこで一度話を区切り、「何か飲むか」と湖上は席を立った。それなら俺が、と腰を浮かせた章灯を「良いって」と制した。冷蔵庫から2Lのペットボトルとグラスを取り出し、テーブルに置く。


「章灯、注ぐのは頼むわ」


 俺の手、商売道具だからよぉ、などとおどけて見せる。どんな時でも湖上は湖上なのだった。

 章灯が注いだ冷たい緑茶をぐいと呷り、彼は再び話し始めた。


「そんで『梗子きょうこ』――カナの母ちゃんが産まれたのが俺が7つの時よ。可愛かったぜぇ? ちっちゃくて、柔らかくてよぉ。俺が抱くとにっこーって笑うんだ」


 湖上は当時を思い出しているのか目尻を下げた。ぴくりと晶の肩が動いた気がして、章灯はちらりと彼女の方を見る。軽く下唇を噛み、何かに耐えているような表情に見えた。もしかして――、


 焼きもち? お父さんを取られた! ってやつか?


「その後はそう間を空けずに弟が2人産まれてな。――まぁ、こいつらは可愛くないから良いや」

「コガさん、実の弟さんじゃないですか」

「そうよ、可哀相じゃない」

「うるせぇな。野郎なんざむさくるしいだけなんだよ。それに弟なんつぅのはな、兄キの子分だからな」


 それは……わかる。ウチは兄キじゃなくて姉キだが、俺は未だにパシリ扱いだからな。


「――って甘やかしたのかまずかったんだろうか……」


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