♪15 塞ぐもの、塞がれるもの
「さぁて、飯も食ったし――」
そう言って
「――母ちゃんはいまどこにいるんだ?」
湖上は真っすぐ前を見ながらカナに問い掛けた。鞄の中のポーチを探っていたカナの手が止まる。
「どこって……」
「国外の出張って、一体どこに行ったんだよ」
「……スペインよ、スペイン」
「ほぉ、スペインか。さすが建築関係。サグラダ・ファミリアでも見に行ったか」
「そうなんじゃない? 詳しくは知らないけど」
「んで? 母ちゃん戻って来た後はどうすんだ」
「どうするって、何が?」
「俺と母ちゃんと3人で住むのか」
「……どうかな」
「――
「あたしはぁ――……って、えっ、やだ、あたし」
カナは慌てて腰を浮かせた。しかし、屋根の低いこのテントの中では立ち上がることが出来ず、中途半端な姿勢を取ることしか出来ない。湖上はカナの手を取って優しく引っ張り着席を促す。
「座れよ、要」
低く落ち着いた声に背中を押され、カナは俯きながらその場に座った。
「何で嘘ついた」
責めるように言ったつもりはない。静かに、諭すようにと自分自身に言い聞かせたつもりだった。それでもカナはほろほろと涙を零す。
「泣くんじゃねぇよ。怒ってねぇから」
「ごめんなさい」
「何もこんな嘘つかなくたって、普通に会いにくりゃ良いだろうがよ」
「ごめんなさい」
「お前はごめんなさいマシーンか」
「ごめんなさい」
「いまどきの子は語彙が乏しいなぁ、おい」
「いまどきの子で括らないで」
「ハハ、ごもっとも」
2人の間に置いていた鞄の外ポケットからチョコレート菓子を取り出し、蓋を開けてカナに勧める。
「家出してきたんだな」
カナは無言で頷く。
「嘘つくならもうちょっと設定練り込んでこいよ。母ちゃんの名前『キヨコ』ってよぉ」
まんまじゃねぇか、と言って笑う。
「……気付かなかった癖に」
「うるせぇ。こっちはなぁ、心当たりありまくりなんだよ」
「ほんと聞いた通りのプレイボーイなのね」
「何とでも言え。――なぁ、要。もしお前と母ちゃんがこっち来たいって言うなら、俺は別に一緒に暮らしたって――」
「嫌よ、そんなプレイボーイと1つ屋根の下なんて」
「おうおう、10日もその『プレイボーイ』のベッド占領しといてよくも言えたな、そんなこと。生憎、お前みてぇなケツの青いガキを抱くような趣味は持ち合わせてねぇんだよ」
「何よー! 女はあたしだけじゃないでしょ!」
「はぁ? お前の母ちゃんかぁ? 馬鹿かお前」
湖上は心底呆れたような声を上げ、がくりと頭を垂れた。
「何で妹に手を出さなきゃなんねぇんだよ」
「だって、『プレイボーイ』なんでしょ、伯父さん」
「『パパ』から『伯父さん』か……。あのな、お前は『プレイボーイ』をなんだと思ってんだ。女を見たら見境なく襲いかかるとでも思ってんのかよ」
「……違うの?」
「違うに決まってんだろ。お前が無事なのが良い証拠じゃねぇか」
「だって、さすがに自分の娘には……」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
娘には手を出さない。そりゃそうなんだけどよ。
それでももしアキが行き遅れたら……、そう思ったことは何度もあった。
この世でたった1人、心の底から愛し、それ故に手を出すことも出来なかった女性に瓜二つなのだ。顔も、体型も、ギターの腕も。間違いを犯しそうになるのを押さえるため、好きでもない女を抱いた。常時発散させていないと自制が効かなくなる気がしたのだ。やがてそれが日常になり、晶を完全に『娘』として割り切れるようになっても、皐月の分だけぽっかりと空いた穴を埋めるように女を抱いた。女達の『穴』を塞ぎながら、自分の『穴』を女達に埋めてもらう。女々しいやつだと自分でも思う。
「まぁ何にせよ一件落着だ。冷や汗かいたぜ。年貢の納め時かと思ってよぉ」
「納めれば? いい加減なことしてないで」
「うるせぇな、お前は俺の母ちゃんかよ」
「あたしは伯父さんの姪よ」
「へいへい。ああそうそう、この後ウチにあの『イケメン』来るぞ。紹介してやる」
「ほんと! やったぁ!」
――何も知らねぇでのん気なこった。アイツはお前の『従姉妹』だからな。
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