♪14 NOTロマンチック NOTワイルド

「あれぇ……? 今朝は早いね、パパ」


 大きなあくびと共にダボダボのTシャツ姿のカナが台所にやって来る。


「おいおい、何で下履いてねぇんだよ」


 辛うじて下着は見えていないものの、かなり際どいところまで露出しているという状況である。これが飲み屋で持ち帰った女だったら襲いかかっているところだ。


「だってパパの大きすぎなんだもん。ずり下がってきちゃう」

「仕方ねぇだろ。我慢して履いとけ」

「ねぇ、あたしの部屋着置いといて良いでしょ」

「そんなん置いてどうすんだ。あともう何日もねぇぞ」

「え~? だってこれからもちょいちょいココ泊まるし。良いでしょ? 学校も近いしさぁ」

「……好きにしろ」

「やぁーったぁー! さぁーって御飯御飯ーっと。……あれ?」


 寝ぼけ眼を擦りながら湖上こがみに近付いたカナは彼が朝食の準備をしていることにやっと気が付いた。


「今朝はパパが作ってくれたの? ……って、やぁーだ、パパ、今日は土曜日なんだからあたしお弁当いらないよ?」


 湖上の背中にぴったりとくっつき、左上腕に頬を擦り付けながら彼の手元を覗き込む。調理台の上にはカナがいつも使っている小さな弁当箱が準備されている。


「んなのわかってらぁ。今日は弁当持ってパパとデートだ」


 フライパンの中からタコの形をしたウィンナーを菜箸でつまみ上げ、ニヤリと笑った。


「え~~~~? 嬉しい! 本当?」

「おう。どこに行きてぇんだ?」

「えーっとぉ、そうだなぁー。パパのお任せコースで! パパのデートってどんな感じなの?」

「馬鹿か。お前と大人のデートしてどうすんだ」

「わーかってるってぇー。そうじゃなくて、若い頃のパパのデートコース!」

「はぁ? 若い頃ぉ? ……まぁ映画見たり、水族館行ったり、あとは美術館か? それからプラネタリウムにも行ったな」

「やだ、パパ結構ロマンチスト……」

「何で若干引いてんだよ」

「あははー。だっていまのパパからは想像もつかなーい。良いよ、それじゃあさ、水族館にしよ。いま見たい映画も無いしさ」

「あいよ」




「きれいだねぇ」


 江ノ島にある『アクアパークえのしま』は去年リニューアルオープンした屋内プール併設型の水族館である。

 巨大水槽の前でカナは口をぽっかりと開け、気の抜けた声を出した。


「美味そうだな」


 隣で至極現実的なコメントをする湖上に呆れたような視線を向けるが、何せこの水槽の中ではマグロが悠然と泳いでいるのである。そんな感想の1つも出るだろう。


「ぶー。全然ロマンチストじゃない」

「俺がいつロマンチストだなんて言ったよ。お前が勝手に言ったんだろ。俺だってなぁ、好きな女の前だったらいくらでもロマンチストになってやらぁ」


 吐き捨てるようにそう言ってから、湖上はコホンと咳払いをした。


「え――……っと、その、何だ……お前の母ちゃん思い出したぞ」

「……本当?」

「何だよ。そこは『本当っ?』って喜ぶか、『遅いわよっ!』って怒るところなんじゃねぇのかよ」

「だぁって、パパってプレイボーイじゃない? だからテキトーなこと言ってんじゃないのかなぁって」

「ハッ、ぬかせ。そりゃ随分長いこと放ったらかしちまったけどよ、あいつのことは大事に思ってんだからな」

「ふぅ~ん。まぁ、良いけど」


 カナはまだ疑いの目を向けている。目を細めたままニヤニヤと笑った。


「あいつはよぉ、笑顔が可愛くてなぁ」

「顔~~~~ぉ? まぁー、確かに若い頃はそこそこ可愛かったかもだけどさぁ~~」

「表情がころころ変わるんだよな。さっきまでわんわん泣いてたと思ったら笑ってたり、かと思えばハムスターみてぇにほっぺたパンパンにして怒ってみたりよぉ。見てて飽きねぇ飽きねぇ」


 静かな館内だからと控えめに笑いながら言う。


「それにアイツは俺の飯を美味い美味いって食ってくれてなぁ。あの頃は大したもん作ってやれなかったのによぉ」

「パパの料理美味しいもんねぇ」

「最初から美味かった訳じゃねぇよ。お前と一緒だ。――飯の話したら腹減ってきたな」


 ちょっと早いけど食っちまうか、と飲食OKの中庭を指差す。外で食べる気でいたのでそれ用の準備もして来ている。準備とは、すなわち――……。


「パパ、やけに大きな鞄持ってると思ったら……」


 目の前に突如現れたポップアップ式の簡易テントにカナは呆れたような声を出した。折り畳めばA3サイズほどの大きさになるそれは大人が2人やっと入れるほどの広さしかなく、レジャーでの荷物保管やちょっとした臨時休憩所として使用するものである。


「良いだろ、日に焼けなくて」

「良いけどぉ……。……あっ! もしかしてあのデートコースも……」

「おう、日に焼けないようにな」

「もぉ~何それぇ~! 全ッ然ワイルドじゃない~~っ!」

「何だよ、ワイルドって。俺、黒いの似合わねぇんだよ」


 カナは口を尖らせながらぶつぶつと文句を言っていたが、外へ投げ出した白い足がじりじりと焼けていくのを感じ、靴を脱いで膝を抱えた。

 そんなカナの様子を見て、湖上は勝ち誇ったように笑った。

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