♪16 恰好良い
「っはぁ~~~~、お疲れぇ~~~~ぃ」
律儀にアンコールまでやってしまったために結局当初の予定をかなり押し、それでもまぁ『恙なく』フェスは終了した。そばにいたスタッフ曰く、あれくらいのトラブルは野外フェスに付き物らしい。「すぐ近くで雷が落ちたこともあったなぁ」などと言って笑うベテランスタッフもおり、さっきまで恨めしく思っていたこの快晴にいまさらながら感謝をする。
「――お、
空になったペットボトルを振りながら満面の笑みの
「どうよどうよ、特等席はよぉ」
スタッフから手渡されたタオルで顔を適当に拭う。
「すっげぇ良かった。ありがとう、勇助君」
「いーや、いやいやいやいや。礼は俺以外に言えよ」
「勇助君以外?」
「おうよ。そもそも勇人をここに連れて来たいって言ったのはアキだし、袖で聞かせたいって言ったのはオッさんだし、スタッフに許可をもらいに行ったのは
「そう……なんだ……」
たしかにそう聞くと湖上はほとんど動いていない。迎えをやると言った数分後に現れたのは、ORANGE RODのマネージャーである
「んじゃ、俺は後片付けあっからよぅ、また後でな」
そう言って勇人の頭をわしわしと撫でてからすたすたと行ってしまう。こんな見知らぬ大人しかいない場所に取り残されて一体どうしたら良いというのか。こんなにも人で溢れているというのに、勇人は孤独だった。
「おぅ、勇人」
後ろから名前を呼ばれる。いま一番何よりもホッとするその声に振り向くと、そこにいたのは2Lのペットボトルを持った父であった。
「知らねぇ大人ばっかりで居心地悪いだろ」
いま正に感じていたことを指摘され、苦笑する。
「まぁね」
「悪かったな、せっかく友達と来てたのに。戻るか。送るぞ」
「良いの? 父さん歩き回ったら騒ぎになんない?」
「なんねぇなんねぇ。俺はサポートドラマーだぜ? 俺を見に来てるやつなんていねぇっつーの」
ガハハと笑い、残り僅かのスポーツドリンクを一気に飲み干した。やはり渇いていたのだ。そりゃそうだろう。
「またまた、何言ってんすか、オッさん」
そんなことないよ、と勇人が言う前に
「勇人君、君のお父さんはね、め……っちゃくちゃ人気あるんだよ」
少し腰を落とし勇人と目線を合わせた状態で、章灯は言い含めるようにゆっくりと言った。
「あぁん? おいコラ章灯、何言ってんだ」
「まぁまぁ、オッさん」
それを止めようとした長田を珍しく晶が制する。
「オッさん、絶ッ対家には持ち帰らないけど、事務所にはファンレターとかプレゼントとかい――――っぱい届いてるの、俺知ってるんだから」
「そうなの?」
「おい! 章灯! 馬鹿!」
「まぁまぁ」
晶に止められては強く出ることも出来ない。
「でもね、そんな女の子達からの贈り物をさ、家に持って帰ったら、咲さん……お母さんが焼きもち焼いちゃうだろ?」
「そう……だね。たしかに」
あの母なら有り得る。勇人はそう思い、頷いた。
「あぁっ、馬鹿っ! 言うな! 阿呆っ! 違う! 違うぞ、勇人! あれは単に家に置くところが無いからであってだな!」
「オッさ……お父さんはね、あんなに恰好良いドラマーなのに、何よりも家庭を大事にしている人なんだよ。俺はそういうところもすごく恰好良いと思う」
長田の必死の訴えも完全にスルーし、章灯はその言葉で締め括った。晶もまた長田にしか聞こえないほどのヴォリュームで「私もそう思います」と言った。章灯ならまだしも、晶にそう言われると弱い。「くそぅ」と力なく呟く。
「――っつーわけで、勇人を送るんなら、これな」
いつの間にか後ろにいた湖上が麦わら帽子を手渡す。
その中には折り畳まれたTシャツとサングラスが入っていた。芸能人が変装する際によくかけるタイプの『いかにも』なサングラスと、でかでかと『イイぞ! 日のテレ!』と書かれた、どういう目的で作られたのかわからない局Tである。
ちなみにそのTシャツは日のテレ社員は全員持っており、当然章灯もタンスの奥に眠らせてある。それは露骨なまでに日のテレをアピール出来るデザインであるにも関わらず、局内レクリエーションなどの時にしか出番が無いという、実に可哀相な扱いを受けているのだった。マスコットキャラの『ヒノデちゃん(真っ赤なヒトデがモチーフであまり可愛くない)』も泣いているだろう。
「一応変装しないとよぉ。父ちゃん『人気者』だからな」
『人気者』を殊更強調し、イヒヒと笑う。
「コガ、てめぇ……」
長田は強く握りしめた拳を湖上の脇腹にぐいぐいと押しあてた。
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