♪15 Do you wanna play?

 モニターを投げ捨てた後のあきらはまた再び活き活きと演奏し出した。先ほどまでの動きは単に途切れ途切れで聞こえるその音が不快なだけだったのである。イヤモニはあるに越したことはない。無いのだが、どうしても無ければならないというものでもない。そもそもほんの数年前はイヤモニなんて使っていなかったのである。


 オッさんが支えてくれさえすれば、全く問題はない。


 そして、その『自分達を支える』という点に関して、彼の右に出るものなどいないのだ。

 だから、安心して任せられる。

 そう、頭の中で10なんて数えなくたって良い。代わりにカウントしてくれる人がいるのだから。


 大きな身体を一際大きく動かし、時には器用にくるくるとスティックを回す。あんなに恰好良いと思っていた晶がほんの少し霞んでしまうほど、勇人はやとは自分の父が恰好良く見えた。


 あっという間に4分45秒の『Up To Me!』は終わってしまった。ORANGE RODに与えられている時間は3曲分なので次がラストである。次は一体何をやってくれるのだろう。


 割れんばかりの歓声の中、曲が終わっても長田おさだはリズムを刻み続けていた。残りの3人は後ろに置いてあるペットボトルで水分補給をしているというのに。

 

 父さん、大丈夫かなぁ。


 袖からでもはっきりと見えるほど汗だくだというのに、あのドラムソロから一向にバチが止まる気配はない。ということは当然、水を口にすることなんて出来ない。

 

 きっとこうやっていままでやって来たんだ。

 俺がよくわからない『ツアー』ってやつの間も、皆が一息つく中、ずっとドラムを叩いて来たんだ。

 たしかに父さんの仕事はドラムをドンドン叩くだけだ。そりゃ叩くだけなら俺にだって出来る。だけど、回りがヒートアップして、自分自身もその熱の中にいたとしても正確に、どんなに疲れてしんどくても質を落とさずに叩き続けることなんて絶対に出来ない。盛り上がってきたら一緒に騒ぎたいし、疲れたら休みたい。それにそもそもこんなに恰好良く叩けるスキルなんて無い。


 提出してしまった作文を思い出し、父さんの方で書けば良かったと勇人はいまさら後悔した。


「次でラストだぁっ! 日のテレ、サマーアニソンフェス! 最後まで盛り上がって行こうぜ――――――――っ!!!!」


 その言葉に観客は大いに沸いた。

 目の前のロックスターが盛り上がれと、大いに騒げと言っているのだ。これに乗っかれないようなやつはそもそもこんなフェスには足を運ばない。


 章灯しょうとが拳を突き上げる。そしてそれが合図だったらしく、単調なリズムを刻むだけだった長田のドラムが再び激しくなった。これでもかと言わんばかりにシンバルが打ち鳴らされる。そしてその音がぴたりと止み、マイクスタンドを持った章灯が叫んだ。


「Do you wanna play "familiar gaa――――――――aame"‼‼??」


「えっ?」


 たしかに聞こえた。『ファミリア×ゲヱム』と言っていた。ということは間違いなく『heroic irony』である。でも、どうして。偶然……だと思う……けど……?


 一番好きな曲が流れて嬉しくないわけではない。けれど、どうしてこの曲を選んだのだろう。ORANGE RODにはもっと昼間のフェスにふさわしい、健全なゴールデン枠アニメの曲だってあるはずだ。


 それでも身体は自然とリズムを刻む。ただ突っ立って聞くなんて野暮ったい。勇人は拳を振り上げ、リズムに乗って飛び跳ねた。




 100mを全力疾走した時のように、心臓はドクドクとうるさい。跳ね続けたために足はジンジンとしびれている。全身から汗が拭き出して不快なはずなのに晴れやかな気分だった。


 ORANGE RODの演奏終了後は出演者全員による合唱である。放送20周年を迎えた国民的アニメ『ニンジャ? ナンジャ?』の主題歌『君の元気、僕の勇気』は様々なアーティストにカバーされており、現在はシンガーソングライターのMINAMIが歌っている。彼女を真ん中に据え、その右隣に出番を終えたばかりの章灯が立つ。晶と湖上こがみ、そして長田の伴奏に乗って、総勢15名による大合唱が始まった。


 さっきまでとは違う軽快な演奏に勇人は何だかホッとした。これ以上あんな演奏をしたら父が倒れてしまうと思ったのだ。

 勇人もまた自分を落ち着かせるため椅子に座り、聞き慣れたその曲を口ずさんだ。



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