♪14 彼が一番好きな曲

 長田おさだがカツカツとドラムスティックを打ち鳴らす。

 次いで湖上こがみのベースが鳴る。

 そしてそれを追いかけるようにあきらの繊細なギターが鳴り、章灯しょうとの息を吸う音が聞こえた。


 楽しそうだ、皆。


 視線の先にいる章灯はスピーカーに片足を乗せ、挑発的な笑みを浮かべて、時折妖艶に腰をくねらせる。

 晶は普段は滅多に見せない笑顔をこれでもかというくらいに大盤振る舞いし、これまた普段の姿からは想像出来ないほど前に出て客を煽る。

 湖上は一応サポートという立場をわきまえているのか、それともORANGE RODのワンマンライブじゃないからかやや控えめなように見える。しかし、日本一セクシーなベーシストを自称するだけあって、しなやかな腰つきが何とも言えない色気を醸し出していた。


 そして長田はというと――。

 先程の激しいドラムソロの疲れなど微塵も感じさせないようなパワフルな演奏である。


 化け物か。勇人はやとは単純にそう思った。


 例えば――。


 そう、例えば。

 勇人はふと思い出す。運動会の保護者参加型競技で見かけた父親達を。


 大半の父親達はたるんだ腹を大きく揺らしつつ「別に俺は本気を出していない」とでも言いたげにへらへらと笑いながら走っていた。


 皆の父さんってあんな感じなんだ、とちょっとだけがっかりする。だって参観日で見た父親達は、パリッとしたスーツを着ていてビシッと背筋を伸ばしていたのだ。スーツを着ない職業の父親もこの日ばかりはとそれなりにきちんとした恰好をしていて、何だかとても『ちゃんとしている』大人に見えたものだが。

 けれどまさかそのスーツの下にそんなたるんだ肉が隠れているとは思っていなかった。自分の父の身体は締まっているから、『父親』の身体というのは皆そういうものだと自然と思っていたのだ。


 父は決してイケメンというわけではない……と思う。思うけれども、もしあの運動会に父がいたらかなり恰好良かったはずだ。


 188cmという高身長に、鍛え上げられた身体。何だかんだ言っても何事にも真剣に取り組むあの父のことである、例え自由参加の障害物走であっても絶対に手を抜かないだろう。


 例えば皆の父さんだったら、曲の開始1分で身体が動かないはずだ。いや、そもそもドラムソロの段階で力尽きるかもしれない。まぁそれ以前にここまでのドラムなんて絶対に出来ないだろう。


 ――なぁんだ。

 なぁんだ、すげぇんじゃん、俺の父さん。


 すとん、と肩の力が抜けた。


 そのまま腰が抜けたように椅子に座る。勇人はそのまま呆けたように演奏を聞いていた。


 決して厳しくではないものの、こういった音楽はまだ早いと言われてきた。ドライブの時のBGMはジョウソウキョウイクとかいうやつでクラシックばかりである。小さい頃から慣れ親しんだその音楽はもちろん嫌いではなく、むしろ『好き』にカテゴライズされるだろう。それでも年頃ともなれば少々激しい音楽を聞きたくもなる。夜9時までのものならばアニメを見ることは許されていたため、彼が聞ける激しめの曲といえばアニソンに限られるのだった。しかし、そのアニソンを演奏しているところは見たことがなかった。


 まさかこんなに恰好良いなんて。


 母親譲りの丸く大きな瞳から鱗が何枚も落ちた。そりゃあもうポロポロと。

 でも、彼が一番好きな曲は――。


 そうだ、思い出した。

 大和に見せてもらった動画は、『歌う! 応援団!』の曲ではなかった。

 『歌う! 応援団!』は19時半からのアニメだから、何度も聞いて良く知っているのだ。あの曲――『heroic irony』は深夜アニメ『ファミリア×ゲヱム』の主題歌だった。


 しかし、いまさら思い出してももう遅い。晶には『歌う! 応援団!』の曲だと言ってしまっている。

 演奏は既に2曲目に差し掛かっている。ORANGE ROD最大のヒット曲である『Mr.ロックスター』の次は『歌う! 応援団!』2期OPの『Up To Me!』のようだ。きっと勇助君はこの曲のことを言ったのだろう。


「あれ……?」


 曲が中盤に差し掛かった頃、晶の動きが鈍くなったように感じた。演奏の合間に左耳を何度も触っている。


「あっ……、もしかして……!」

 

『アキがなぁ、イヤモニの調子が悪いってよ』


 きっとそうだ。やっぱり壊れちゃったんだ。

 何が父さんのが生きてれば大丈夫だよ、勇助君! 全然ダメじゃん!


 思わず立ち上がりそわそわする。自分に出来ることなんて1つも無いというのに、気持ちが落ち着かない。


 晶は左耳に装着していたイヤーモニターを何度も気にしていたが、やがて何をしても無駄だと悟ったようで、ふぅ、と勢いよく息を吐き出すとちらりと後ろを振り返った。そして、長田と視線を合わせ、強く頷き、そして――。


 イヤーモニターを投げ捨てた。


 それを見て長田は少年のように歯を剥き出しにしてニカっと笑った。問題ねぇ、とでもいうかのように。

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