♪17 紹介が遅れまして
「あっ!
親友の姿を発見した颯太が叫ぶ。『いまから勇人を連れてそっちに行く』というメールを見た咲は彼の隣にいる妙な出で立ちの大男を見て吹き出した。
「なぁ颯太、勇人の隣にいるやつ誰だ?」
大和は
「颯太! 大和ぉ――――――っ!」
自分に向かって手を振る親友達を発見した勇人が手を振り返し、駆け出した。そんな息子の背中を、長田は(サングラスはしているものの)眩しそうに見つめる。
「勇人、ごめんなぁ、俺、知らなくてさぁ」
勇人が合流したと同時に大和がぺこりと頭を下げる。
「別に勇人の父ちゃんだからってわけじゃないけどさ、ドラム超恰好良かった」
大和の一番の長所はこの素直さだと咲は思う。大人でも――いや、年を取れば取るほど、自分の考えを、特に一度口にしてしまったものを撤回することは難しい。例え自分が間違っていたと気付いても、である。
「良いって、別に。さっきまで俺も大和とおんなじに思ってたからさ」
「勇人も? あんなに恰好良い父ちゃんいるのに何でだよ」
「何でって言われてもなぁ。だって、父さんがこうやって叩いてるとこ見たことなかったしさぁ」
「えぇ――――っ! 何でだよ、もったいない! おばさぁん、ダメだよ! 親の恰好良いとこはちゃんと見せないとさぁ!」
急に叱られ、咲は目を丸くする。
「え? えぇ?」
「親の義務だよ、ぎーむっ! わかった?」
「わ……わかった……」
義務だったのか。そうだったのか。とすると、自分は随分長いことその義務を怠って来ちまったなぁ。
勇人より遅れて追いついた長田は少年の言葉に苦笑した。
そしてわいわいとフェスの感想で盛り上がり始めた少年達を微笑ましく見守っている、と――。
「……健次君、どうしてそんな恰好してるの?」
すすす、と横歩きで近づいて来た咲が周囲を気にして声を潜める。
「んー? コガの野郎が着てけってよぉ。俺は『人気者』らしいからな」
そう言いながらシャツの裾を引っ張って恨めしそうに『イイぞ! 日のテレ!』を睨みつけた。
「俺は別に日のテレの回しモンじゃねぇんだけどな」
「まぁ確かに? そんなだっさい麦わら帽子とサングラス、それからその妙なTシャツでも着ないと、健次君の恰好良さは消せないもんねぇ」
咲はこぼれんばかりの笑みで胸の文字をなぞった。
「あっ、勇人、大変だぞ! おばさんが浮気してる!」
そんな2人の様子を目ざとく見つけた大和が騒ぎ立てる。その妙な男の正体を知っている颯太は「大和、良いんだって」と止めるが、彼はそんなことを聞きはしない。勇人があれは自分の父だと打ち明ける前に、大和はすたすたと2人のところへ行き、咲から離すように長田の身体をぐいぐいと押した。
「ちょっと、おっさん! おばさんに近付くなよ!」
「えっ?」
「大和君? 良いんだよ、この人はね……」
「良いわけないだろ! おばさんもおばさんだよ! さっきまで勇人の父ちゃん見てさんざん『恰好良い! 素敵!』ってぎゃあぎゃあ叫んでたじゃんか! あれは嘘なのかよ!」
「ちょっ……、大和君!」
もう一度言うが、素直が彼の一番の長所なのである。
さっきまで自分の旦那に黄色い声援を送っていた親友の母親が見知らぬ男とじゃれている。そんなことは許されないと、素直に思った。だから、言ったのだ。素直な気持ちで。
「おい、大和、良いんだって」
「何だよ勇人まで。良いか、お前はいなかったから知らないだろうけどな、おばさん、ずーっとその辺のファンと一緒になって叫んでたんだぞ? 自分の夫にだぞ? 俺、ウチの母ちゃんが父ちゃんに『素敵』とか『恰好良い』なんて言ってるとこ見たことねぇんだからな」
「いや……、だからさぁ……」
「ショックだよ、俺。すっげぇラブラブだと思ってたのに……」
言いたいことを言い終えると、大和はその場にうずくまってしまった。彼を除く4名はどうしたものかと顔を見合わせる。ふぅ、と大きく息を吐き、長田はその場にしゃがみ込んだ。そして大きな身体を窮屈そうに限界まで丸め、大和の顔を覗き込む。
「紹介が遅れて悪ぃな。どうも、勇人の父ちゃんだ」
そう言ってニィっと笑い、サングラスを外してみせた。
大和は目玉が零れ落ちるのではないかというくらいに目を見開き、「えぇ――――っ!」と絶叫した。
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