♪21 結果発表

 それぞれの思いを乗せた『どうかお願いします』は誰かのもとに届いたのだろうか。

 神様だとか仏様だとか、それぞれが信じる『誰か』のもとに。


 松ヶ谷の手には一通の封筒があり、それは固く封がされている。

 都合よく信仰の対象にされる『彼ら』からの返事がそこにあるのだ。


 ――いや、単にそれは『日向カメラ』というアイドルに対して、また、moimoizの三沢やAKIに対して積んだの結果である。純粋な『好み』で選んでくれたのはそのうちの何%なのだろうか。己の推薦するものがいかに優れているかを明確な数値で表すための手段として、最近では同じCDを複数枚購入することがファン達の間では半ば当たり前になっているのだった。


 あきらの気が進まないのはそれのせいもある。自分の楽曲の出来どうこうではなく、ただの投票用紙として手に取られることへの嫌悪感。もしこれが『ORANGE ROD』だったなら、彼女はどんなストライキを起こしてでも拒否しただろう。


「それでは結果発表です!」


 その言葉と共に流れてくるのはすぐ脇で打ち鳴らされるドラムロールである。大袈裟にしやがって。SEで良いじゃないか、と章灯しょうとは心の中で舌打ちをした。

 タンッ! という最後の音でドラムロールはぴたりと止んだ。そして、しんと静まり返ったスタジオで、松ケ谷は口元に笑みを湛えたまま、大きく見開いた目をもったいつけるように左右に動かした。


「勝者――――」


 ネット配信の良いところは、こういう局面でCMが入らないところだと思う。いや、悪いところなのかもしれない。出来るだけ、引き伸ばしてほしかった。出来ることなら、永久に。そうすれば――、


「moimoiz、三沢宗太――――――っ!」


 さんざん溜めた後で張り上げられた松ケ谷の声と共に、紙吹雪が舞う。松ケ谷以外の人間は皆一様にきょとんとした顔をしていたが、やがて状況が飲み込めてくる。


「……や」

「ぃよっしゃぁぁぁぁああああ!」


 思わず口からこぼれかけた安堵と喜びの声は、三沢の絶叫でかき消された。その声を聞いて、ハッと我に返った。どちらの結果にしても、あからさまに感情を出すべきではないと兼定から再三忠告されていたのである。

 それでも目ざとい視聴者はカメラの一瞬の歓喜の表情とわずかに発せられたその声を逃さなかった。


『カメラ、嬉しそう』

『passion推しかよ』

『SHOWに捨てられたか』

『だからカメラに近づいたんだな』

『確かにAKIの方は激しすぎたからな』

『やっぱカメたんはドル売りでしょ』


 次々と流れていくコメントを章灯は眺めていた。その中では、章灯がpassionに傾いているカメラをこちら側につけるために近付いたという構図が出来上がっていたが、見ない振りをした。

 形だけは悔しい振りをし、負けた方は早々に退場をする。

 スタジオを出ると、章灯は廊下で大きく伸びをした。

 そこで後ろにいる晶を見る。彼女は眉間にしわを寄せ、難しい表情をしていた。


 確かに、プロデュース業は不本意だった。その上、相手はあのカメラである。

 負ければ悔しい。――が、プロデュースはしたくない。


 そう語っていたことが現実になって、気持ちの整理がつかないのだろう。


「……アキ、負けは悔しい……よな」


 楽屋に入り、そう切り出すと、晶は「まぁ」とだけ返す。室内には章灯しかいないというのに、いつも以上に素っ気ない。

 これが二人の共同作業というのなら、自分に非があるとして慰めることも出来ただろうが、今回は作詞面でも章灯の手を離れてしまっている。


「俺はアキの曲好きだけどな」

「ありがとうございます」

「俺ら用に詞を書き直してカバーすんのはダメなのか? っていうか、それってカバーっていうのかな」


 ハハハ、と明るく笑ってみるも、晶からの反応はなかった。

 次の言葉を探していると、俯き加減だった晶が急に顔を上げ、納得したかのように二度頷いた。


「良いかもしれませんね。でも、せっかくですから、詞はそのままで。作詞者にも悪いですから」

「おっ、おい、そのままって……! 一人称『私』じゃねぇか!」


 動揺する章灯の姿に晶はふわりと頬を緩ませる。


「女性歌手でも一人称が『僕』の曲歌うじゃないですか」

「それは……そうだけど……」


 やっと笑ってくれた晶にホッとしつつも、受け入れがたい提案に章灯は辟易した。


「くそぅ……、仕方ねぇなぁ」


 やれやれ、と苦笑して、『make waves』を口ずさむ。『make wavesなみかぜをたてる』だなんて、この状況に随分とマッチしたタイトルである。メロディラインは激しいのに、詞の方はというと、やけに甘ったるい。自分には絶対に書けない内容だが、純粋に勉強になるな、と思った。


 いや、でも、『私』はなぁ……。

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