♪20 どうかお願いします
どうかお願いします。
震える手でスマホを握る。
あと1時間もすれば『結果』が出る予定である。
ただ、そのスマホに送られて来るのは、『結果が出た』という連絡のみで、それを受け取ったらすぐにこの楽屋を出て、動画投稿サイト『スマイル動画』が開催する報告会会場である第1スタジオへ向かわなくてはならない。そして、その様子はスマイル動画で生配信されることになっている。
どうかお願いします。
まず間違いなく、軍配はカナレコに上がるだろう。
そんな空気であった。
待機しているpassion側のプロデューサーであるmoimoizの三沢宗太は、結果を聞く前から既に負けを悟った表情でうな垂れており、
それぞれの『どうかお願いします』が、それぞれのタイミングで吐き出された時、それぞれの連絡ツールが振動、あるいは鳴った。
震える手で画面をタップする。そこに表示されたのは『結果が出ましたので、移動してください』の文字。
とうとう来てしまった。
そんな思いと共にスマホをポケットに入れ、立ち上がった。ヒヤリとする金属のノブに手をかけ、ふぅ、と息を吐きながらドアを開けた。
どうかお願いします。
どうかお願いします。
どうかお願いします。
足早に廊下を歩きながらもそう祈った。
確かにアイドルとしては歌唱力がある方だと思う。
ギターだってそこそこの腕だというお墨付きもいただいている。
見た目だってまぁ悪くはないんだし、『アーティスト』に重きを置くよりは『アイドル』寄りで売った方がいいはずだ。
だったら、passionの方がうまいことプロデュースしてくれるだろう。
だからどうかお願いします。
どうか、passionの方が売れてますように――。
おずおずとスタジオのドアを開けると、濃淡様々のピンクで彩られたセットの中央に『ORANGE ROD』繋がりということで依頼した松竹の松ヶ谷が満面の笑みで立っていた。そして、その両脇には未来のプロデューサーであるmoimoizの三沢と晶がそれぞれの相棒を伴ってこちらを見ている。
「はい、日向カメラさん到着~!」
ネット放送ということで、いつも以上に肩の力が抜けた松ヶ谷がドアからひょっこりと顔を出した状態の彼女を手招きする。
もしかして、スタジオの人達はもう結果を知っているのかしら、と二人のプロデューサーの顔をちらりと確認するが、何故かどちらも浮かない表情である。
何それ? どういうことよ!
松ヶ谷に招かれるまま彼の隣に立つと、moimoizとORANGE RODの4人は用意されていた簡易椅子に腰掛けた。
「さぁて、とうとうこの日がやって来ましたなぁ」
「そう……ですね」
「緊張してはる?」
「もちろんですよ!」
「せやろなぁ、カメラちゃんの今後がかかってんねんもんなぁ。まぁ、でも、どっちが勝っても悪いようにはせえへんやろ? ですよね?」
何だかいまいち盛り上がらないのはメンバーに問題があるのか、それとも前評判のせいか。
「ちょっとぉ~。AKIさんは仕方ないにしてもやな、moimoiさん、
頼むわぁ、と大げさに身体を傾いで懇願すると、抽選によって集められた観客席から笑いが起こる。目の前のモニターには視聴者がリアルタイムで書き込んだコメントが途切れること無く流れていた。
「いや、もちろん、全力でプロデュースさせていただきますよ、なぁ、アキ?」
それを受けて「その時は」と隣にいる章灯にしか聞こえないほどの小声で晶がぽつりと言うと、その微かな口の動きだけで彼女の言葉を拾った視聴者がカギ括弧付でそれを書き込む。そしてそれが一人や二人で無いことをモニターで知り、章灯は驚いた。
――さらにいえば、その流星群のようなコメントの嵐の中に自分とカメラとの関係を揶揄するものも多く見られ、その度に晶に見つかっていやしないかとヒヤヒヤした。もちろん、晶がそんなものに興味を示すとは思っていなかったのだが。
どうかお願いします。
浮かんできたその言葉まではさすがに読まれることはなく、章灯は腹を括って審判が下るの待った。
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