♪22 これからも
収録が終わり、拍手と共に退場したカメラは、スタジオの扉を閉めるなり、握ったままになっていたスマホを操作し、耳に当てた。
「兼定兼定兼定兼定ぁぁああっ!」
ワンコールで繋がると、その受話口の向こうにいる相手に向かってその名を連呼する。
「……そんなに呼ばなくても聞こえています」
いつも以上の冷めた声も、いまの彼女を落ち着かせることは出来なかった。
「見た? 見たわよね、配信!」
「私はマネージャーですよ。当たり前じゃないですか」
「結果! ねぇ! 結果!」
「ですから、見ましたって」
「そうじゃなくて! ねぇ! 結果!」
「不服でしょうね。ですが、もう決定事項で――」
「違ぁうっ!」
ありったけの声でそう叫んでから我に返り、立ち止まる。たまたま通りがかったADらしき若い女性が、まるで恐ろしいものでも見るかのような目で見つめ、足早にその場から立ち去った。
「……何が違うのですか」
今度ばかりは彼の声も鎮火剤としての効果を発揮したようで、彼女は小声で「ちょ、ちょっと待って」と言いながら駆け足で楽屋に向かった。
パタン、と扉を閉め、ふぅ、と安堵の息を吐く。
「もしもし?」
一向に続きを話し出さないカメラを怪訝に思った兼定が問い掛ける。
「もうよろしいですかね。こちらももう少しで終わりますので、迎えに参りますから」
話があるなら、その時に。そう一方的に告げて、通話は切られた。
「――で?」
ルームミラー越しに視線が重なる。とは言っても、ミラーを凝視していたのはカメラの方で、兼定はというと、一瞥しただけであったが。
だいぶ落ち着きを取り戻していたカメラは、ふふん、と得意気に鼻を鳴らして胸を張った。
「passionの三沢さんがプロデュースしてくださることになったわ」
「そうですね」
明らかにそれ以上の含みを持たせてみたというのに、額面通りに受け取られ、彼女は頬を膨らませた。
「だーかーらぁ、passionなの!
「ええ。そうですね」
何よ、こいつ。本当はわかってんじゃないの? 涼しい顔しちゃって! 全くムカつくったら!
右手の親指をギリリと噛む。そんな癖はないはずなのに、自然とそんな仕草をしてしまう。
「もう、何なのよ! いつもは嫌んなるくらい察しが良い癖に!」
苛立って声を荒らげるが、当の本人は気にする素振りもない。
「察しですか。それは例えば、カナレコに軍配が上がったら私がお役御免だと言った件でしょうか」
「な……によ……。わかってるんじゃない」
カメラは拍子抜けしながらも、前のめりになっていた体勢を直し、ホッと息を吐いた。
「ま、まぁー。あたしとしても? ちょーっと不本意だけど、せっかくのご縁だし、passionさんのところで頑張るから、うん、えっと、その、これからも――」
よろしく。
そう続くはずだった。
――はずだったのだが。
「残念ですが」
その言葉は、彼の言葉によって遮られた。
「――え?」
ちょうど到着した彼女のマンションの駐車スペースで車を停める。彼の視線はハンドルに固定されたままで、ミラーを見ようとはしなかった。
「だ……、だって、カナレコさんの場合『は』新しいマネージャーって……」
シートベルトを外し、身を乗り出す。彼の顔を覗き込もうとしたが、ぷいと逸らされてしまった。
「……先ほどpassionさんには話をしてきました」
「話? 何の?」
「新しいマネージャーの件ですよ」
「ちょっと待ってよ! 何でよ!」
「……退職することになりまして」
「聞いてない!」
「そうですね」
「そうですね、じゃないわよ! 何でよ! 何で。何でぇ……」
威勢の良かったその声は徐々に弱くなり、とうとう涙混じりになったところで、兼定は苛立たしげに大きなため息をついた。そして、眼鏡を外し、目頭を押さえる。
「――実家を継ぐんだ」
「え……?」
「長男なんでね」
退職するとなればもはや敬語も不要だろうと、素っ気なくそう言った。突き放すように。
「御実家って……、何屋さん……?」
「花屋だよ。生花店」
「お花屋さん……、似合わなすぎ……」
「ほっとけ」
花に囲まれた兼定を想像し、思わず笑いが込み上げる。
……って、いやいやいやいや!
「そうじゃなくて!」
「何だよ」
ぶんぶんと頭を振ってから声を張り上げると、兼定は面倒臭そうに彼女の方を向いた。
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