6/4 虫の日・中編
「どう思うよ、なぁ
オートキャンプ場内に張ったそこそこに広い貸しテントの中で、
「どう思うって聞かれましても」
章灯もまた彼と同じ体勢で、食べやすいようにと大きく開いた袋からスナック菓子をつまみ上げた。
「まぁ何ていうか、オッさんの同世代の方は、あまりそういう恰好をしないんじゃないですかね。……わかりませんけど」
少なくとも俺の回りはそうです、と言いながら、長田の、少し窮屈そうに縮めている足元から、やはり気持ち丸めている上半身までをゆっくりと視線でなぞる。
――何てことはないカーキ色のオールインワンである。
ただところどころにやや刺激強めなメッセージやモチーフの刺繍が施されていたりする、というだけで。
長田健次郎がプライベートで出掛ける――もちろん幼い愛息子抜きで――際の恰好としてはむしろ控えめな方だ。この服装を選んだのはもちろん理由がある。
「でも、昆虫採集するような服なんて、俺、これくらいしか思い付かなかったんだよなぁ」
新聞紙の上にはかなり履き込まれたスニーカーが二足並んでいる。身体の大きい長田は、足のサイズも相応に大きい。決して小さいわけではない章灯のスニーカーが子ども用に見えてしまう――というのは大袈裟だろうが。
「まぁ、汚れても良い長袖長ズボンだったら何でも良いんでしょうけどね。俺もそういうの一着買おうかなぁ」
「良いだろ」
腰の辺りをちょんとつまみ、長田はガハハと笑った。
長田がそんなことを言ったのは、GW中に開催された野外イベントの打ち上げの席であった。
『ORANGE ROD(
湖上は昆虫自体は嫌いでは無いものの、採集するために外へ出るのが嫌だと言い、
晶は蝶々やテントウムシ辺りの比較的ライトなものでさえ出来れば遠目で観察するにとどめたい派であり、それはメンバー内でも周知の事実である。ただし、家の中に害虫が侵入した際には、章灯が駆けつける前に割と情け容赦なく駆除しているのを度々目撃しているのだが。それに関しては好き嫌いどうこうの問題では無いらしい。よって、可愛らしく悲鳴を上げて彼に助けを求める、なんてこともなかった。
「んじゃ、買ってくりゃ良いじゃねぇか。いまはホームセンターでもカブトやらクワガタやらが買える時代だぜ?」
湖上はギネスビールを片手にカカカと笑う。それに異論を唱えたのは章灯だった。
「ダメっすよ! やっぱ昆虫は自分で捕まえてこそですって!」
「何だよ、やけに熱が入ってんじゃねぇか」
帰りは晶の運転だからと同じくギネスを持っていた章灯は、顔の前で人差し指をぴんと立て「それが男のロマンです」と続けた。
「男のロマン、ねぇ……」
湖上は呆れたような顔で晶に視線を向ける。いえ、私は女ですので、というような視線を返され、今度は長田の方を向いてみたが、彼は彼で章灯の肩を強く抱いているのだった。そして声を上げる「だよな!」と。
そして互いのスケジュールを確認し、今日、この日を迎えたと、そういうわけである。奇しくも今日は6月4日。
ただし今回はあくまで『下見』というか、『練習』だ。
ここで上手くいけば日を改めて父子で――妻の咲からもこればかりは「ちょっとパス」と断られたのだった――来る予定である。意外にもこういうことはあまり経験がないのだという長田のために「それじゃあ俺が!」と章灯が一肌脱いだ恰好だった。
ある程度トラップは仕掛けたので、後は翌朝、それを確認しに行くだけだ。一応、虫かごやら網やらも用意済みで、長田が近くのホームセンターで一式そろえてきたのである。それらを車から取り出している時に松木と遭遇したというわけだった。
「しかし、お前って意外と色々出来るんだな」
しみじみとそう言われ、章灯は「何すか急に」と照れた。
「まぁ、料理はからっきしだけどよ」
「上げてから落とすの止めてください」
「いやいや、案外頼れる男だなぁって話よ。勇人がもっと小せぇ時に会わしてやりたかったなぁ」
「あ、確かに。俺もちっちゃい頃の勇人君と遊びたかったっす。アナログな遊びは色々じいちゃんに仕込まれてるんで」
「ほぉ。じい様直伝か」
「はい。ウチは釣具店なんで、長期休みとかでも店閉められないんですよ。だから、だいたいじいちゃんトコに遊びに行くんです。一応、テレビゲームとかも持ってくんですけど、気付けばテント張って二人でカップラーメン啜ってたりして」
「良いじいちゃんだな」
「はい。俺もああいう男になりたいっす」
「ほぉ」
『ああいう男』とははたして『どういう男』なのだろう、と長田は考えた。章灯から聞く限りでは、かなりマメで手先も器用な御仁であった――いや、故人だとは聞いていない――あるらしい。可愛い孫と自作の玩具で共に遊び、しゃんと背筋を伸ばして登山にも興じるとのこと。
――確かに素晴らしいじい様だ。
ただ、彼の『目標』をそこに定めるのは――どうなんだ。
「なぁ章灯よ」
「はい?」
「例えば中学生とかそんくらいの頃って、お前歌で食ってこうとか考えてたか?」
「そう……っすねぇ、むしろその頃が一番そういう風に考えてましたね」
「だよな。んで、お前の趣味からしてもロックバンドのヴォーカルだろ?」
「もちろん。アイドルって柄でもねえっすから」
「んで、ある意味それは叶ったわけだが――」
「はい、おかげさまで。――何すか、どうしたんすか」
これはもしや大事な話なのではないか、と章灯は身体を起こした。しかし、長田の方はまだ寝転んだままである。それを見て、正座をするほどでもないらしいと判断し、胡座をかく。
「いや、章灯はそん時に思い描いてたような生活してんのかな、って」
「思い描いてた……?」
「つまりその……何だ。リムジン乗り回してきれいなネーチャン侍らして~とかよ」
「あぁ、成る程。……いや、全然ですかね。まぁ、そのリムジン何とかっつーのはもともと考えてなかったですけど。でも金髪のロン毛にして毎晩飲み歩く、みたいなのは考えてました」
「だっせぇ。っつうか、具体性に乏しいなぁオイ」
「仕方ないじゃないですか。どういう生活してるかなんて中学生のガキには想像もつかないんですから」
「まぁそれもそうか」
それでも中学生といえば、まぁ多感な年頃である。とかく性に関しては。だから例えば女を取っ替え引っ替え――つまり、ファンの女の子を片っ端から食い散らかしたりだとか。そんなことを考え、ふと湖上を思い出す。
――そういう点では。
そういう点では、恐らくあいつが一番『ロック』だ。女は取っ替え引っ替えだし、一時は毎晩毎晩だらしなく飲み歩いていたしな。
じゃあいま自分がそうなりたいのかと聞かれればもちろんNOなのだが。
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