♪83 和歌山より××を詰めて
「
そう言って、1人暮らしの湖上の部屋に
郁はきちんとアポを取った上で千尋を連れて来た。もちろん手土産も抜かりなく、だ。それとは別に千尋は何やら大きな段ボールを持っており、どうやらそのために必要だったらしい。一応郁の前だからと平気そうな顔をしていたのだが、湖上が受け取ってみると結構な重さである。
ヒョロ男の癖にやるじゃねぇか。
そんなことを思いながら中を開けてみると、入っていたのは大量の色紙である。
郁の話によると、和歌山の飯田果樹園から送られて来たものらしい。伝票は剥がされていたが、娘のことを疑う湖上ではない。
バレンシアはこないだ届いたばかりなのに、と不思議に思って中を探ってみると、隙間に『すべてに
こんなことを皐月の弟の冬樹がするわけがない。
どうせあの嫁だろう。
あの守銭奴にしては、随分太っ腹なこった。
同封されていた記入済みの着払い伝票を見て湖上は笑った。
「まぁ、いずれバレるとは思ってたけどな」
PVくらいならバレないと思った。いまだに子どものいないあの夫婦が、若者向けのPVが流れるような場所には行くとは思えなかったからだ。それに、定期的に生演奏している『シャキッと!』も果樹園の営業時間を考えれば見られないだろうと思ったし、たまに出演する音楽番組も23時以降の深夜枠が多い。
とすると、たぶん、こないだ出たやつだろうな。あれはゴールデンタイムの番組だったし、やけにアキばかりを映していた。
まぁ、無理もねぇだろう。『現役アナウンサーの異色ユニット』という話題性も充分な上、相方のギタリストは眉目秀麗。そのアキの寡黙なキャラと演奏中のギャップがまた好評で、アップを映すだけで視聴率が数%上がるなんて噂まであるときた。そりゃ映すだろうさ、ここぞとばかりにな。
いまや「所詮企画モノの一発屋だろ」なんて言ってたやつらも驚くほどの売れっぷりだ。
えーと、タイアップだって何本あったか……。
そこまで考えて、湖上は目の前の真っ白い色紙に視線を移しため息をついた。
「向こうに連絡なんてしてねぇよな?」
「するわけないでしょう? 実家とのやり取りは湖上さんの役目ですもの」
郁はすました顔でそう言った。
「そうだったな。アキならまだしも、お前の声だと女だって一発でバレるからな」
「ねぇ、叔父さん達って、私達のことまだ男だと思ってるの?」
「まだっていうか、向こうが勘違いしたままなのを訂正してねぇだけだ。アキが表舞台に出ちまった以上、いまさら女なんて言えるかよ」
「ねぇねぇ~」
じっと2人のやり取りを傍観していた千尋が口を挟んでくる。
「そのオジサン夫婦ってぇ、お子さんいないんでしょぉ?」
「何だ、千尋。郁から聞いたのか」
「へっへ~、俺らの間に隠し事なんてないんだよぉ~」
ね、郁ちゃーんと言いながら、その腕に抱き付く。
「あ、コラ、郁から離れろ、ヒョロ男!」
湖上が腰を浮かせ、郁がまぁまぁ、と言ってそれをなだめた。
「――で? それがどうしたの?」
「てことはさ、どっちか寄越せって言ってくるんじゃない? そろそろさ」
千尋は郁の腕に抱き付いてにこにこと笑みを浮かべたまま言った。
「な……っ」
湖上はその言葉に絶句する。
「確かに、それはありそうね。だって、『男』の双子ですもんね。しかも、そのうちの一人はいまや知名度抜群のミュージシャン。もう片方はパッとしない一般人だけど、『AKI』の兄弟がやってる果樹園なんて美味しいわよねぇ。何かしらのコラボとかも出来そうだし」
郁はうんうんと頷きながら淡々と言った。
「お、おい! パッとしないって何だよ!」
湖上は再度腰を浮かせて声を上げた。
「そうだよぉ、郁ちゃん! 郁ちゃんはパッとしなくなんかないよ!」
千尋も強く同意する。
「落ち着いて、2人共。全国区のミュージシャンと比べたら、って話よ。それに、夕実さんならそう思うんじゃないかしら」
「確かに、晶君を跡継ぎにしちゃったらミュージシャンを辞めさせるってことになっちゃうし、それだと意味がないよね。だったらむしろ、晶君をミュージシャンとしてバリバリ働かせつつ、果樹園は郁ちゃんに継がせて、そんで美味い汁を――みたいな!」
「まさか……!」
そう口に出してみたが、あの女なら考えかねない、と思った。
皐月の実弟を悪く言いたくはないが、冬樹ではあの女を止めることなんて出来ないだろう。
「……この色紙も、何に使うのやら」
そう呟いて郁は大きなため息をついた。
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