Main Chapter 2(2008~)

♪81 ラジオのお仕事

「ラジオですか?」


 カナリヤレコードの小会議室に呼ばれた日の出テレビアナウンサーの山海やまみ章灯しょうとは、社長の渡辺から手渡された企画書を見て声を上げた。


「ああ、毎週火曜日深夜1時から30分の枠だ。もちろん収録は生じゃないから安心しろ」


 そう言うと渡辺は豪快に笑う。


「でもこれって、『ORANGE ROD』の番組なんですよね? アキはしゃべれないのでは」


 そう言いながら企画書に目を通す。

 渡辺が口を開く前にそれについての答えはそこに書かれていた。


「大丈夫だ。通常はお前1人でやってもらう――というか、そもそもの番組だから。反響によっては公開収録も考えているが、その時はまぁ、同席させるくらいは良いだろう」

「まぁ、そういうことなら……。でも、僕1人で30分持ちますかねぇ……」

「何とかなるだろ。お前アナウンサーなんだし」


 再び渡辺はガハハと笑って章灯の背中を叩いた。



 2008年4月にデビューして1年3ヶ月と少し。

 これまでにシングルを3枚出し、先月発売したファーストアルバム『CITRUS OR FISH』はデイリーランキングで9位だったらしい。ライブチケットの売れ行きもまずまずである。


「別にアナウンサーだからといって、話が上手いとかじゃないんだけどなぁ」


 そう呟きながら渋谷にあるカナリヤレコード本社ビルを出る。


 デビューしてからというもの、少しずつ『ORANGE ROD』関連の仕事が増え、本業の方はというと、いまのところは『シャキッと!』のメインMCと、たまにナレーションがぽつぽつと入る程度である。『WAKE!』時代と比べて出社時間は遅くなったが、生放送のため、平日の午前中はどうしてもこれにとられてしまう。午後からは雑誌の取材やイベント、レコーディングなどで埋まっているので本業の業務をあまり入れられないのだ。


 一足先に帰宅しているはずの相棒・飯田あきらにいまから帰る旨をメールすると、返事は相変わらず素っ気なく、わかりましたの一言だった。


 家に帰ると、キッチンからは何やら香ばしい匂いが漂ってくる。


「ただいま。今日は何だ?」


 オーブンレンジの前で中を覗き込んでいる晶に声をかけると、ちらりと章灯の方を見て「お帰りなさい、今日はラザニアです」とだけ言い、また視線をオーブンに戻してしまった。


 まぁ、素っ気ないのはメールだけじゃないけど。


 そう思いながら、自分の部屋へ向かおうとすると、章灯さん、と呼び止められる。そこで、しまった、と気づいてUターンし、「うがいと手洗いだろ」と先手を打つと、晶は満足そうに頷いた。



「ラジオですか」


 興味なさげにそう言って、晶は出来立てのラザニアで焼いた舌を麦茶で冷やした。


「おう。評判が良かったら公開収録もやるかもだってよ。そん時はお前も同席だと」


 章灯がそう言うと、晶は露骨に嫌そうな顔をした。


「大丈夫だって、お前はギター持って座って、見に来てくれてるファンの子達ににこにこ手を振ってりゃ良いんだってさ。普段の収録も、公開収録も、スケジュールが合えばコガさん呼んでも良いって言われたし」

「まぁ……それなら」


 それなら、というのは、ギターを持って座ってりゃい良いという点なのか、湖上を呼んでも良いという点なのか。


 前者はまぁ良いとしても、後者はなぁ……。

 俺だけじゃまだ頼りないってことなのかよ。


 涼しい顔でサラダを食べる晶をちらりと見、こいつは俺のことちゃんと『恋人』として見てんのかな、と思い、軽くため息をついた。


「アキ、ラジオではお前のこと色々しゃべるからな、俺」

「色々って……。何をしゃべる気ですか」


 目を細めて章灯を軽くにらむ。


「んー? 家でのAKI君はぁ、愛しの俺のために抜群のタイミングでラザニア焼いてくれるんですぅ、とかかな」


 わざとらしく煽ってみると、晶はさっきまでのポーカーフェイスを崩し、真っ赤な顔で動揺している。


「べ、別にタイミングを合わせたわけじゃありませんから! 章灯さんの方がタイミングを合わせて帰ってきたんです!」


 そんな無茶な。


「俺は魔法使いかよ。そんな器用なこと出来るわけねぇだろ。ほんとに素直じゃねぇなぁ」


 苦笑いをしながらビールを飲んだ。赤い顔のまま憮然とした表情を浮かべている晶に章灯は止めを刺す。


「そんなアキもめんけぇ可愛いけどな」


 秋田弁「めんけぇ」の意味を知っている晶はその言葉でいっそう顔を赤らめた。


「か……っ、からかわないでください」

「からかってねぇもん、俺。そんなアキに惚れたんだから仕方ねぇだろ」


 平然とした顔で追い討ちをかけると、とうとう限界が来たのか、晶は俯き、エプロンをぎゅっと握っている。


「悪い悪い。怒るなって。おかしなことは言わねぇよ」


 章灯は晶の頭を撫でながら優しい声で言う。


「お前が『女』だってバレるようなヘマはしねぇって」


 そう言うと、安心したのか晶はゆっくりと顔を上げた。けれど、その隙をついてすかさずその唇を奪うと、再び頬を染めて俯いてしまう。


「お前はいつになったら慣れるんだ」


 そんなんだから、いつまでも最後までイケないんだよなぁ。


 章灯はいつまでも少女のような反応をする晶を微笑ましく思いながらも苦笑してビールを飲んだ。

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