♪12 ジゴロ・パフォーマンス
「……これ
パソコンからプリントアウトしたA4の用紙を見つめて、
「えっと、まぁ……、その……、はい……」
自分の書いた詞を目の前で読まれるというのは、参観日に父母の前で作文を朗読するのに匹敵する恥ずかしさだ。
そういう時に限ってテーマが『自分の親』や『将来の夢』だったりして、下を向いて当てられませんようにと祈ってみるものの、その祈りもむなしく、教師の口から自分の名前が呼ばれたりするのである。
仕事の休憩時間もフルに使って、結局、詞が完成したのはその日の夕方だったが、その旨を湖上にメールすると、「今夜オッさんと行くから酒を用意しておけ」という簡素な返信が届いた。
そして、いまに至る。
ローテーブルの上には湖上の飲みかけのギネスの瓶と、
晶はソファに腰掛けてアコースティックギターを弾いている。創作中なのに無理やり引っ張ってきたが、ギターを手放せる状態ではなかったらしい。穏やかな旋律が心地よいBGMになっていた。
「コガ、俺にも見せろ」
そう言って長田も紙を覗き込む。
その状態のまましばし無言の時間が流れた。
アキがギターを弾いててくれて良かった。完全な無音だったら、耐えられねぇ……。いや、それでも充分きついんだけど。
濃いめのカウボーイをちびりちびり飲んでみたり、晶の指の動きに見とれてみたりしていると、胡坐をかいている章灯の膝の上にA4用紙が置かれた。
「良いんじゃね?」
顔を上げると、湖上が満面の笑みで章灯を見つめている。
「正直、意外だったわ。書けるじゃん」
長田はグラスに手を伸ばし、喉を鳴らして一気に飲むと、空になったグラスを軽く振っておかわりを要求した。
「初めてにしちゃ、上出来だろ。あとは歌ってみて手直しがちょいちょいある感じだろうな」
「――はぁぁぁ……、良かったぁぁぁ。心臓に悪いっす、マジで」
ガクリと肩の力が抜ける。
「何でそんな緊張してんだよ」
フニャフニャしている章灯を長田は呆れた顔で見つめた。
「緊張っつーか、恥ずかしいっつーか、何かもうぐちゃぐちゃで……」
そう言うとテーブルの上に置いてあった自分のグラスを一気に呷る。
「ま、最初は皆そんなもんなんじゃね? これからバンバン書いてもらうからな、そのうち慣れるだろ」
湖上がニヤニヤと笑いながら本日3本目のギネスを空にする。
「バンバンって……、そもそもこのユニットっていつまでやるんですかね。期間とか聞いてないですけど」
湖上のギネスを取りに行くため、章灯は立ち上がった。
「何だ? お前はもう辞める気でいんのか?」
「まさか。逆っていうか……。期間限定だったら嫌だなぁって……」
小声でもごもごと呟く。
「楽しくなってきたんだろ?」
独り言のような章灯の言葉を、長田が拾って返した。
「まぁ……、そういうことです」
「はっはー。抜け出せねぇぞ、音楽ってやつは。でもまぁ、俺ら次第だろ、そんなの。良いモン作ってりゃ何年続けたって文句なんざ出ねぇよ」
湖上は、ていうか文句なんか言わせねぇけど、と付け加えて豪快に笑った。
「そうっすよね」
あっけらかんと笑う湖上を見てると、何だかうじうじ考えている自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
章灯は冷蔵庫から冷えたギネスと、隣の棚からラムを取り出し、新しいグラスを持ってリビングに戻った。
「お、サンキュ。何だお前良いもの持ってきたな」
「俺、明日オフなんで思いっきり飲んじゃおうかと思って。オッさん、コーラ少しもらいます」
「おう、良いぞ。ていうか、アナウンサーにもオフってあるんだな。……いや、当たり前か」
「そりゃありますって。なかったら過労死しますよ、俺」
章灯は慣れた手つきでラムをコーラで割る。大学生の時少しだけバーでバイトをしたことがあるのだ。
さすがにメジャーカップやシェイカーは揃えていないが、これくらいなら目分量でも作れる。
「キューバ・リブレか。美味いよなぁ」
湖上が目を細めて頬杖をつく。
「ギネス止めてこっち飲みます?」
物欲しそうなその視線に耐えきれず、出来上がったばかりのキューバ・リブレを湖上の前に置く。
「マジ? 良いの? じゃ、これしまっといて」
湖上は嬉しそうな顔をしてギネスを章灯に手渡した。
やれやれ、この人は。
そう思いながら席を立って冷蔵庫に向かう。ついでに新しいグラスを持って席に着いた。
同じ手順で自分の分のキューバ・リブレを作る。炭酸は少し抜けていたが、それでも美味しかった。
「なぁ、アキ、それも俺らの曲なのか?」
黙々とギターをかき鳴らす晶に問いかけてみる。
「いまは
集中してたら無視されるかもなんて構えていたが、意外とすんなり答えは返ってきた。
「そっか、そうだよな。何か1曲目と全然違う雰囲気だったから」
「2曲目はバラードです」
手を止めてギターを置き、テーブルの上のグラスに手を伸ばす。しかし、どう見ても届かないので、章灯が手渡す。
「すみません、ありがとうございます」
薄いカウボーイをごくごくと喉を鳴らして飲む。喉が乾いていたのだろうが、そんなペースで飲んで良いのだろうか、と心配になる。
これからはアキの水分補給用にソフトドリンクも用意しとかないとな。そんなことを考えた。
「お前なぁ、似たような曲ばっかり作ったって仕方ねぇだろうが」
上機嫌な湖上が章灯の背中を強く叩きながら笑った。
「――いってぇ! いや、そうなんでしょうけど、俺からしたら不思議なんですって。同じ人間が作ってんのにこんなにガラッと変わっちゃうなんて」
「アキはだいたい何でも落差がえげつないんだよなぁ……。あー、早くアキのパフォーマンス見せてぇなぁ」
ドラムスティックをくるくると回しながら長田が言う。
章灯はそんな長田の肩にもたれかかった。
「オッさん、昨日も『アキはえげつないくらい変わる』って言ってましたよね? すっげぇ気になるんですけど、具体的にどう変わるんですか?」
1週間の疲れが出たのか、今日は何だか酒が回るのが早い。胃がぽかぽかして、顔も熱くなっているのがわかる。でも、まぁ、良いか……。
「章灯、お前今日はだいぶ酔ってんな……。まぁ良いけど、お前ん家だし」
湖上はあっという間にグラスを空けると、立ち上がって冷蔵庫へ向かう。おそらく、キューバ・リブレのお代わりが期待出来ないので、さっきのギネスを取りに行ったのだろう。
「具体的に、かぁ……。話しても良いけど……」
長田は眠そうな顔をしている晶をちらりと見た。
「おい、アキ、眠いならもう寝ろ。コガも章灯もベロベロだからおんぶ出来ねぇぞ、今日は」
そう言うと、晶は無言で立ち上がり、ぺこりと頭を下げるとギターを持ってのそのそと自分の部屋へ向かった。
「お、今日はちゃんと言うこと聞いたな。さすがオッさん。やっぱり年長者の言うことは聞くんだなぁ」
ギネスを片手に、感心した様子の湖上が歩いてくる。
背もたれからまたぐようにしてソファに上がると、晶が座っていた辺りで胡坐をかいた。
「さて、アキも行ったし、良いだろ」
そう言うと、長田は尻ポケットからスマホを取り出した。
章灯はキューバ・リブレをごくりと飲んでその様子を見つめる。
「口で説明するより、見た方が早いからな」
「何、オッさん、アキのステージなんていつ録ったんだよ。この盗撮魔!」
そう言いながらも湖上は長田のスマホを覗き込んでいる。
何だ、自分も見たいんじゃねぇかよ。
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ。何でか知らねぇけどネットにアップされてんだわ」
長田は動画アプリを起動させると、章灯の前に置いた。
湖上は章灯の肩に顎を乗せて画面を見つめている。
スマホとしては大きいのだろうが、それでも小さい画面を野郎3人が顔を近付けて凝視する様は滑稽としか言いようがない。そして、暑苦しい。
それでもその動画はその暑苦しさを忘れさせる程のものだった。
画面の向こうで派手な衣装を着て、髪を振り乱しながらギターをかき鳴らしている人物は、本当にあのアキなんだろうか。
汗で額に張り付いた髪を、時折鬱陶しそうに振りながら、それでも歯を見せて笑っている。
ヴォーカルが近付くと、肩を密着させ1つのマイクスタンドで楽しそうにコーラスしている。コーラスの声があまり聞き取れなかったのは残念だったが。
身体をのけぞらせ、ギターを高く掲げたり、かと思えば、ギターネックを客席ギリギリまで近づけて挑発してみたりしている。
演奏が終わり、袖に引っ込むところでその動画は終わっていたが、止まる直前に晶が客席に向かって投げキッスをするところを章灯は見逃さなかった。
「何これ……! アイツ、超ジゴロじゃねぇか!」
章灯は思わず叫んだ。
「――な? えげつない変わりっぷりだろ?」
章灯の肩に顎を乗せたまま、湖上がしゃべる。
「アイツ、サポートで入ってもヴォーカル差し置いて女性ファンかっさらっていったりするからな……」
「コガさん、ちょっと痛いっす……」
「どうよ、章灯。こりゃー負けらんねぇよなぁ」
長田がニヤニヤと笑いながらスマホをしまう。
「……負けらんないっす! くっそ! 絶対アレより色っぽくやってやらぁ!」
「その意気だ! 章灯! 飲め!」
「飲みます! 今日は飲みますよ! コガさぁん!」
「……ほどほどにな」
1人素面の長田がため息をついた。
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