♪11 『POWER VOCAL』
「じゃ、俺らも自分のパート仕上げなきゃなんないから、帰るわ」
そう言って
「歌詞、頑張れよ。詰まったら連絡しろ」
そう言って、湖上は自分の鼻歌を録音したテープを
いや、単にコガさんがアナログ派なだけかもしれないけど。
まぁ、それを再生出来る機器はまだ現役で売られているし、そもそもそれを所持している自分が言うことではないのだが。
再生ボタンを押すと、ガサガサ、という音が聞こえた。恐らく、譜面をめくったりしているのだろう。続いて湖上の鼻歌が流れてきた。
「――何だよ、コガさんも上手いじゃねぇか」
鼻歌と言いながらも、すべて『ラ』の発音で歌われたその曲は、伴奏がないからかそんなに激しいようには感じられなかったが、一度聞いただけでも耳に残るメロディだった。
これに、俺の歌詞が乗るのか。
コガさんは『過激なやつ』って言ってたけど……。過激って、つまりはエロい感じのってことで良いのかな?
でも、この曲ってそういうイメージじゃないんだよなぁ。
もっと、こう……。快活に力強い感じっていうか……、暴れ牛を乗りこなす感じっていうか……。
ダメだ、自分で言ってて訳わかんねぇ。
しかし、これをアキが作ったんだよなぁ。やっぱすげぇわ、アイツ。
そこまで考えて、ふと
「コガさん達のことだから、昼飯はさすがに食わせたよな……」
近くのコンビニで何か買ってこようかと思い立ち、何が良いのか聞きに行くことにした。
「良いんだろうか、俺、入っても」
晶の部屋の前でノックの構えを取ったまま、しばし固まる。
湖上と長田が頑なに見せようとしなかった晶の部屋である。
でも、この場合は仕方ないよな……。
何度もそう言い聞かせ、自分を奮い立たせて、強く握った拳をおそるおそるドアに打ち付けた。
「アキ、大丈夫か? 俺、コンビニ行くけど、何なら食える?」
晶を驚かせないように、やや控えめの声で尋ねるが、返事はない。
「えーっと、開けても良いか? 良いですかぁ~?」
さっきよりも気持ち大きめの声で問いかけてみるが、それでもドアの向こうから応えはない。
「……死んでるとかじゃないだろうな。――悪い! 開けるぞ!」
そう言って、勢いよくドアを開けた。
「何だ……これ……」
章灯は扉を開けたまま、ノブをつかんだ状態で言葉を失った。
眼前に広がっているのは、くしゃくしゃに丸められた大量の紙屑、至るところに平積みされている雑誌、脱ぎ散らかした衣類の山である。ついでにいえば、カーテンも閉める途中なのか開ける途中だったのか中途半端な状態になっている。
汚部屋と呼ぶにはまだ可愛い方だが、常に整理整頓されていないと落ち着かないタイプの章灯にとってはかなりの地獄絵図である。
乱雑に物が溢れまくった部屋の中、そこだけがまるで聖域のようになっているベッドで晶は毛布に包まって眠っていた。
物を踏まないように慎重に一歩ずつ近付き、呼吸を確認する。大丈夫、生きてる。
「おい、アキ。寝てるとこ悪いんだけどさ」
晶の肩を軽く叩き、声をかける。
「あれ、章灯さん……?」
「悪いな、起こしちゃって。晩飯、買いに行くからさ。何か食べたいもの、あるか?」
「そんな、悪いですから」
晶はゆっくりと身体を起こした。まだ頭が働いていないのか、呆けたような表情である。
「少し待てるなら、何か作ります。昨日もピザでしたし、栄養偏ります……」
「え? ちょっと、寝てなくて良いのか?」
「もう大丈夫です。今回は貧血じゃなくてただの寝不足ですから。少しは動かないと」
そう言うと、ベッドから降り、床に散らばってるものを器用に避けながらドアの方へ歩いて行く。
「……成る程。コガさん達はこれを隠してたんだな……」
そう呟きながら、章灯は晶の部屋を出た。
章灯がリビングに入ると、晶は対面式のキッチンにいた。既に赤いエプロンを着けている。
「章灯さん、お腹空いてますよね。簡単なものでも良いですか」
そう言いながら袖を捲り上げる。
「何でも良いよ、俺。梅干し以外なら何でも食えるし。あと、悪いんだけどさ、俺料理ってまったく出来ないんだ。手伝いたい気持ちはあるんだけど……ごめん」
作業台を挟んで晶と向かい合わせになり、両手を合わせて頭を下げる。
「良いんですよ。料理好きですし。ただ……片付けとか整理整頓が苦手で……」
晶は暗い表情で俯いた。
それは部屋を見れば一目瞭然である。
「うん、それはもうわかった。だからさ、分担しようぜ。片付けとか、掃除とかは俺に任せろ! 部屋は……お前が嫌じゃなきゃ掃除してやるけど、さすがにプライバシーがあるからな……」
「そうですね。自分の部屋くらいは頑張ります」
「っつーわけで、アキは料理を頼む! これならお互い胸も痛まんだろ?」
そう言ってニッと笑うと、つられて晶も笑った。
待つこと20分。
リビングのローテーブルには茄子とトマトのパスタに生野菜のサラダ、そして根菜のスープが並べられた。
「すっげぇな、アキ」
「料理は得意なんです」
照れているのか、少し顔を赤らめて下を向く。
「いや、すげぇよ! 尊敬する! いただきます!」
綺麗に盛り付けられたパスタにフォークを突き立て、巻きつける。空腹の焦りでそれはかなりの大きさになってしまったが、問題なく口へと運び、咀嚼した。
「――美味い!」
安いチェーン店のような味ではなく、きちんとしたイタリアンで食べるような味がする。麺の湯で加減もアルデンテってやつなんだろう。良くわかんねぇけど。
「美味いよアキ! お前、もう、ほんとに何なんだよ!」
「何って、何がですか……?」
晶は控えめにパスタを口に運びながら、怪訝そうな顔を向けた。
「ギターも上手いし、曲も作れて、アクセのデザインまでして、その上料理も上手いなんてよ。天は二物を与えずなんて嘘だな。いくつ与えられてんだ、お前」
そう言いながらスープを飲む。これも当然のように美味だった。
「それを言ったら、章灯さんもじゃないですか。アナウンサーなのに、あんなに歌が上手いですし、見た目も整ってますし」
「見た目? 見た目っつった? いやぁ、同性に評価されるって気持ち良いなぁ~。でもありがたいけど、俺はそうでもねぇよ。同じアナウンサーでも木崎君とか俳優顔負けのルックスのやついるしな。隣に立つのためらうレベルだぞ、ありゃ」
そう言いながら、パリパリとサラダのレタスを噛む。
「それに、見た目ならお前もだろ。いっつも下向いて自信なさそうにしてっけど、可愛い感じの顔じゃん。美少年っていうかさ。いや、少年の年ではないけど」
「女顔なだけです」
「一応褒めてるからな、俺は」
「はい……」
「あとさ、曲、お疲れさま。俺、楽譜読めないからコガさんに歌ってもらったんだけどさ、カッコ良い曲だな」
そう言うと、晶はスープを一口飲んでぺこりと頭を下げた。
「あのさ、俺の感想っつーか、聞いたイメージなんだけどさ」
そこまで言うと急に恥ずかしさが込み上げてくる。
ダメだな、コレはちょっとアルコールの力を借りないと。
章灯は立ち上がって冷蔵庫に向かった。たしか昨日のビールがまだ残っているはずだ。
「ちょっとごめん、何か素面じゃ恥ずかしいから、飲んで良いか? アキも少し飲むか?」
1人で飲むのもと思い晶に問いかけると、「少し」と右手でつまむようなジェスチャーをした。
「今度こそ薄く作るからな」
そう言って、冷蔵庫からビールと牛乳を取り出す。
「――で、さっきの続きなんだけど」
ビールをグイッと呷ると、胃の中がぽかぽかと温まってきて、気持ちが良い。
晶は薄く作ったカウボーイをちびりちびりと飲んでいる。昨日ので学習したのだろう。
「アキが思ってるのと違ったら悪いってのと、自分でもちょっとわけわかんないんだけどさ」
もったいぶるわけではないが、これぐらいクッションを置かないと話せそうになかった。
晶は促すようにゆっくりと頷く。
「何かなぁ、メガホンとか拡声器とか持って、群衆に向けて叫ぶ感じっていうか、それこそカウボーイが暴れ牛をこう、乗りこなしてる感じっつーか。でも、ボーイってよりは、何かガールなんだよな。すげぇカッコ良いカウガール。タンクトップにホットパンツとかでさ、露出高めの恰好してるはずなのに何でか全然エロくねぇの。……って、わけわかんねぇよな?」
自分の吐き出した言葉が何だか恥ずかしくて、それを紛らわすためにまたビールを呷る。
カン、と音を立ててテーブルの上にビールの缶を置いて、おそるおそる晶の様子を伺った。
晶はグラスを持ったまま下を向いている。
やべえ。やっぱりアキのイメージと違ったんだろうな。
「えーっと、アキ? どうした?」
下を向いたまま動かない晶の肩を人差し指で突く。予想通りというか、
「章灯さん……」
晶は下を向いたままぽつりと呟いた。
「は、はい。何でしょうか……」
思わず、章灯は居住まいを正す。
晶は顔を上げると鋭い目つきで章灯をにらんだ。
「――さすがです」
「ごめっ……って、え?」
謝る気でいた章灯は、思いがけない晶の言葉に驚いた。
「ほとんどあってます。ていうか、カウボーイじゃなくて、ガールってところまで、その通りです」
「え……、え? マジで……?」
「安心しました。もうあとは章灯さんに託しますから、そのイメージでお願いします」
「は、はい……。お任せ、ください……」
章灯は、ビールの缶に手を伸ばし、口をつけて傾けたところで、すっかり空になっていることに気付いた。
食べたものを片付け、風呂を済ませると自分の部屋に戻る。
明日は土曜で、『WAKE!』の収録がないから、朝は少しゆっくり出来る。明日の業務は旅番組のナレーションとデスクワークだ。
章灯は冷蔵庫から持ってきたビールを片手にノートパソコンとにらめっこしている。
「もうあとは章灯さんに託しますから」
晶の言葉を思い出す。
身を削ってこんなにカッコ良い曲作ってくれたんだもんな。
俺だって、頑張らないと。
ヘッドホンを付けて、湖上が歌ってくれた曲を何度も流す。
実際に書いた詞を口ずさみつつ、書いては消し、書いては消しを繰り返した。
いや、ここで伸ばすから、この言葉じゃなくて……。
ぶつぶつと独り言を呟きながらキーボードを叩く。
半分まで出来上がるころには12時を回っていた。
ただ、タイトルだけはすぐに決まった。
書き始めた頃から既に、これしかない、と思うものがあったのである。
そのタイトルに引っ張られるような形で、一歩ずつ拙い足取りで歩くように詞を書いた。イメージはかなり明確になってきている。
テンガロンハットを被った金髪の若い女性。
大きく開けた唇を彩るのは真っ赤な口紅。
豊満なバストを明るい色のタンクトップに押し込み、自分で切ったのだろうか裾がややほつれたデニム素材のホットパンツからは、すらりとした素足が伸びている。
彼女はかなり年季の入ったウェスタンブーツを履いて、拡声器を片手に機嫌良く笑いながら自分の下にいる牛を蹴り飛ばすのだ。
彼女は拡声器を持って何を訴えているのだろう。
何を声高に叫んでいるのか。
いや、あれだけ上機嫌なのだ。
だったらきっと、そんな堅苦しいことを何たらかんたらと主張しているわけはないだろう。
そうだ、きっと歌っているのだ。
つまらない権利をばかりを主張するようなやつらの拳なんか、一口で食っちまいそうな程にでっかい口を開けて、そいつらの声をかき消す程の大声で。
タイトルは『POWER VOCAL』。記念すべき第一号である。
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