♪10 キャラとギャップ

「昨日の今日で、まさか本当に来るとは思いませんでしたよ……」


 大型の家具を積んだトラックを先導した章灯しょうとは駐車スペースに車を停めて窓を開け、出迎えた湖上こがみに苦笑いをする。


「はっはー。俺の人脈と行動力をなめるなよ。しかし、一瞬でプロの顔になるんだもんなぁ。お前もさすがだよ」


 ボンネットに手をついて湖上は豪快に笑う。


「そりゃ、いろいろ場数踏んでますし。あの番組に出られるの残りわずかなんですから、大事にしたいんですよ」


 一度区切って、ふぅ、と息を吐く。


「――だから! 絶対にアポなしは勘弁してください!」


 びしっと人差し指を湖上に向けて言い切ると、彼の強い声に湖上は一瞬怯んだ様子だったが、またいつものだらりとした態度に戻る。


「そう言うなって。アキもまた創作意欲が沸いたみたいだし、社長もORANGE RODの売り方が決まってきたって喜んでたぞ」

「――は?」

「まぁ、とりあえず、社員さん達困ってるから、引っ越し終わらせちまおうぜ。話はその後だ」


 窓から顔を出して後ろを振り向くと、トラックから降りた男性社員2人がこちらを向いて会釈をしてきた。慌てて車から降り、2人に駆け寄る。



 大型の家具とは言っても、ベッドにタンス、テレビ、DVDデッキ、ノートパソコン、折り畳みテーブルと段ボールが数箱だけである。

 冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなどはすでにあきらの物が運び込まれていたし、2つあっても邪魔なので、とりあえずは前の部屋に置いておくことにしたのだった。


 仮眠から覚めた長田おさだも加わり、章灯の引っ越し作業はあっという間に終わった。

 晶の姿は見えないが、おそらくまた部屋にこもって創作しているのだろう。こういう肉体労働で役に立つタイプにも思えなかったため、特に声をかけることもなかった。


 男性社員にお礼を言い、茶を勧めたが、2人はまた会社に戻って仕事があるのだと言って、素早くトラックに乗り込むとあっという間に去ってしまった。


「何か悪いことしたなぁ」


 章灯がぽつりと呟くと、長田が背中を軽く叩いた。


「それも仕事だって、気にすんな。とりあえず、一息つこうぜ。お前も疲れたろ」

 それも確かに。そう思っておとなしく従う。



 リビングに入ると、ソファに腰掛けた湖上がベースを弾いている。


「おぅ、お疲れ~ぃ」


 2人に視線をくれることもなく、手を休めずに言う。

 彼の視線はローテーブルの上にある譜面に固定されている。


「コガ、それって」

「――ん? ああ、そうそう」


 長田もテーブルの上の譜面に注目している。

 2人はその一言で通じ合ったようだが、章灯には何のことだがさっぱりわからない。

 呆然とそのやり取りを見つめていると、長田が助け舟を出してくれた。


「曲、出来たんだよ。お前達の」

「――え? 1日で?」

「ウチのコンポーザーなめんなよぉ? イメージが下りてきたら早いんだよ。その分、身を削ってんだけどな」

「身、ですか?」

「これ渡して、ぶっ倒れた。いま部屋で寝てるから、起こすなよ」

「倒れたって……! だっ、大丈夫なんですか?」


 思わず、晶の部屋に足が向く。


「大丈夫大丈夫。いつものことだって。よく貧血起こすんだ。鉄分摂らせて、横になれば回復すっから、心配すんな」


 長田が章灯の肩をつかんでそれを制止する。


 やはりアキの部屋には俺を入れたくないらしい。

 俺はまだまだ『余所者』、もしくは『お客さん』なんだろうな。


 そう思って章灯は軽く歯噛みをした。


「ちょっと来いよ、章灯。俺らの曲だぞ」


 湖上が顔を上げて手招きする。

 晶のことはもちろん気になるが、晶が作った曲の方も気になる。

 湖上の隣に座ってテーブルの上の譜面を見る。――が、楽譜の読めない章灯には何が書かれているのかさっぱりわからない。


「コガさん……、俺、こういうのまったく読めないんですけど……」


 申し訳ない気持ちで俯きながら言うと、湖上はガハハと笑った。


「そんなん分かってるって。お前にそこは期待してねぇから」

「でも、読めないと……」

「読めなくても歌える歌える。耳で覚えりゃ良いんだから、後で俺がテープに鼻歌でも入れてやるよ。それ聞きながら眺めてりゃそのうち読めるようになっから」

「お手数かけます……」


 やっぱり申し訳ない。


「そんな顔すんな。お前には歌詞っつー重大な役目があるんだから。アップテンポで激しいやつだからな。頼むぞ」


 湖上は譜面をひらひらと振るとニヤリと笑った。


「アップテンポで激しいやつ……」

「俺としてはちょーっと過激な感じでお願いしたいんだけどさ」

「過激なやつって……」


 目を見開いて湖上を見ると、意外そうな顔をしている。


「何? お前、そういうの嫌いなタイプ?」

「いや、個人的には嫌いじゃないですけど。一応、俺、アナウンサーなんで、イメージっていうか……」


 そう、アナウンサーはイメージ商売だ。女子アナはもちろんだが、男子アナにもクリーンなイメージというのが重要である。

 アナウンサーとしての彼が心がけているのは『爽やかさ』と『誠実さ』だ。


「大丈夫! ウチとおたくの社長さんから許可は得てんだ。『アナウンサーの山海章灯』と『ORANGE RODのSHOW』は180度違うキャラで行くってな」

「ショウ……ですか?」

「ショウって、アレな、マジックショーとかのSHOW。エス、エイチ、オー、ダブリュー」

「いつの間に俺の名前まで……。あと、180度違うキャラってなんすか」

「ちょっと、俺も混ぜろって」


 長田がキッチンから3人分のコーヒーを運んでくる。


 この人は、何ていうか……お母さん枠だな。


 ローテーブルにカップを載せたトレイを置くと、黄色いカップを湖上に、青いカップを章灯に渡す。長田のは黒いカップだった。


「何これ、オッさん。ちゃんと色分けしてんの? マメだねぇ~」


 湖上が茶化すように言うと、長田はふぅ、とため息をついた。


「俺が用意するわけないだろ、こんなん。アキだよ。ちなみにアキのは赤な」

「すげぇ、戦隊ヒーローみたいだ」


 自分の青いカップをまじまじと見つめ、章灯はぽつりと呟く。


「ちょっと待て、そうなると、アキが主役じゃねぇか! だったら俺だって青とか黒とかクールっぽい役にしてくれよ!」


 黄色いカップでコーヒーを一口飲んだ湖上が、章灯の言葉で慌てて口を離して叫ぶ。


「いや、コガさんは黄色キャラでしょ。髪も金髪ですし」


 章灯が冷静に返す。


「……だな。それにその色を指定したのはアキだからな。文句はアキに言えよ」

「くっそぉ……、アキなら文句言えねぇ……。――で? 戦隊ヒーローならあと一人必要なんじゃねぇの? ピンクとかさ」


 そうか、だいたい戦隊ヒーローって5人組だもんな。残るは女の子枠だ。


「抜かりねぇよ。アキだぞ? ちゃんとピンクも用意してある」


 長田がコーヒーを啜りながら笑った。


「……ピンクなんて誰が使うんだよ」


 口を尖らせた湖上が拗ねたような口調で言う。


「麻美子ちゃんがいるだろ」

「そっか麻美子ちゃんか! でも、そんなにここ来るか? ああ、章灯が手を出したら来るようになるか」


 そう言って横目で章灯を見る。


「――ちょ! ちょっと! 何で俺が手ェ出さなきゃいけないんすか! アキの可能性だってあるでしょうよ!」


 軽くコーヒーを吹き出しながら章灯が叫ぶ。それを見て、長田が笑いながら箱ティッシュを勧める。


「ないない。アイツはそういうの無いわ」


 湖上が苦笑する。


「だな。アキはそういうの枯れてるから」


 長田がテーブルにかかったコーヒーの飛沫を拭きながら言う。


「枯れてるって……。まだ21じゃないっすか!」

「おいおいオッさん、『枯れてる』だと語弊があるだろ……。アキの場合、まだ『お子ちゃま』って言った方がしっくりくる」


 湖上が顎をさすりながらそう言うと、長田も同様の仕草をする。


「コガにしては珍しく一理あるな。確かにアキはまだ『お子ちゃま』だ。ギターさえあれば良いって感じ」


 確かに、まぁ、性欲が薄そうな感じはしたけど……。

 可哀相に、アキ。お前のいないところでこんな話されてるぞ。


「――で? 話逸れまくったけど、章灯のキャラの話じゃなかったか?」


 長田が話を戻す。


「そうそう。朝、章灯がニュース読んでるとこ動画でウチの社長に送ったんだよ。で、普段こんな感じみたいっすって言ったら、じゃ、ORANGE RODの時は思いっきりキャラ変えて行くぞって」

「動画……撮ってたんすか。ていうか、社長もテレビ見てくれてないのか……」


 章灯はがっくりと肩を落とした。


「忙しい人だからな、仕方ねぇよ。で、そのキャラってどういう路線?」


 長田はうなだれる章灯の肩を優しく叩いた。


「んー、まぁ、普段があのかっちりスーツだろ? っつーことはだ、まず、シャツなんか着ても、ボタンなんて半分くらいまで開けて胸元を見せちゃったり……。時に章灯、お前胸毛とか大丈夫?」

「ほうほう」

「――え? む、胸毛?」

「まぁ、生えてても構わねぇけど。――で、パンツも細身のやつをばしーっと履いちゃったりしてさ。ところどころ無駄に破けたりなんかもしてるわけ。時に章灯、お前すね毛とかも大丈夫?」

「うんうん」

「え? え? すね毛も?」

「アクセもシルバーのごっついやつとか付けちゃうわけ」

「おお! アキんトコのアクセだな!」

「え? あの……」

「で、金髪とかはさすがにまずいみたいだから、派手なエクステつけてさ」

「良いねぇ!」

「ちょ、ちょっと!」

「もう、毎回ファンのお姉ちゃん持ち帰ってんだろうな、いやーんアタシもお持ち帰りされたーい! って思っちゃうような男の色気ムンムンな感じ」

「決まったー!」

「ストップスト――――ップ!!!!」

「何だよ章灯。せっかく盛り上がってんのに、水差してんじゃねぇよ」


 ノリノリでしゃべっていた湖上は不満気に眉をしかめて章灯を見た。

 なぜか万歳のポーズをしていた長田も不思議そうな顔で見つめている。


「ちょっと待ってくださいって。いまのって、全部俺の話なんですよね?」

「そうだけど?」

「俺らはいじらなくてもこのままでいけるし」

「さっきも言いましたけど、俺にもイメージってもんがあるんですよ! それにアキだってそんなキャラじゃないでしょうに!」

「だから、そのイメージがあるから、ここまでガラッと変えるんだろ。真面目なアナウンサーが真面目なまま歌ったってつまんねぇって」


 湖上は自分の膝の上で頬杖をつき、いつになく真剣な顔で言った。


「そうそう。それに、アキは化けるぞ。ギター弾いてる時だって別人だったろ? ステージ上ではもっとえげつないくらい変わるからな、アイツ」


 長田もテーブルの上で頬杖をついている。


「殻ぁ破れって、章灯。真面目なお前も悪くねぇけど、せっかく面白れぇことやろうぜって、お偉いさん達が動いてんだぞ?」 


 聞き慣れない真面目なトーンの湖上の言葉が胸に刺さる。


 お偉いさん達が動いてる……。

 番組を成功させるために。


 俺は、プロだ。


 音楽の世界ではペーペーだけど、テレビの世界では、プロだ。

 テレビのプロが企画に乗れないなんて、ナシだ。


「わ、わかりました……。やります、俺。男の色気でも何でも出してやりますよぉっ!」


 そう叫んで立ち上がる。


「お? どうした。いきなりスイッチ入ったか?」

「そう来なくっちゃなぁ。とりあえず、座れよ。いま熱くなったって仕方ないだろ」


 ぬるくなったコーヒーを啜りながら、湖上が右手を振って座れのジェスチャーをする。


「昨日の『BREAK OUT』の感じからしても、ステージでもまぁ大丈夫だろ」

「大丈夫ってなんすか?」


 納得したように話す長田に章灯が問いかける。


「――ん? パフォーマンスだよ。客への煽りとかな。客前で歌ったことあんだろ?」

「学生のころ、コピーバンドでちょこっとだけ……」

「だろ。自分の魅せ方わかってるよ、お前は。たぶん自分が思ってる以上に、はまるぞ」

「……? よくわかんないっすけど」

「わかんなくて良いって。そのうちわかるから」


 そう言うと長田は尻ポケットに刺していたのだろうドラムスティックを取り出し、テーブルの下に敷いてあるラグの上でリズムを取り始めた。

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