♪9 笑顔の裏側

「CM挟んで、『ホットニュース』ですー」


 新人ADの声が聞こえる。

 セットの裏で最終確認をしていた章灯しょうとは、その声を聞いて自分の立ち位置である朝刊のパネルの前に立った。


 今日は珍しく、血なまぐさい殺人事件や痛ましい児童虐待のニュースは無く、岐阜県の児童相談所へ某アニメヒーローの名前で大量のランドセルが寄付されたというものから始まる。そして、散々心温まった後で高齢者による万引き事件という、寒風吹きすさぶ流れだ。



 逆にすれば良いのに、何でこの順番なんだ。



 そんなことを考えながら、カメラの位置を確認するために顔を上げる。

 1カメ、2カメ、と1つ1つ確認していくと、章灯の視線はいるはずのない人物の姿をとらえた。湖上こがみ(めちゃくちゃ良い笑顔)、長田おさだ(めちゃくちゃ良い笑顔)、あきら(眠そう)の3名である。


「――え?」

「CM空けまーす。10秒前ー。……4、3、2……」


 いつものテーマが流れる。テレビ画面には『ホットニュース!』というテロップが表示されているはずだ。


「おはようございます! 今日の朝刊から、ホットなニュースをお届けします!」


 平常心を装って、いつもどおりに進める。


 いかにもな好青年の顔を作ってはいるが、腹の中では「これに関してはこっちがプロだ! なめんな!」というどす黒い感情が渦巻いている。予定通りに原稿を読みながらも心中は穏やかではない。なぜあの3人がいるんだ、と。




「――以上、今日の『ホットニュース!』でした! 今日も笑顔で、いってらっしゃいませ!」


 右手の握りこぶしを顔の横で軽く振る。局内でも『キラー・スマイル』と誉れ高い極上の笑顔で締めのポーズだ。


 そのままの姿勢で5秒ほど静止すると、カメラがメインMCに切り替わったのを確認してセット裏へと移動する。


 5時から8時まで1時間ごとに3回、各10分間ずつの短いコーナーを担当していた自分がまさか新番組のメインを務めるなんてなぁ、と章灯はしみじみ思う。


 でも、それはアナウンサーとしての実力なのだろうか。もしや、ユニットの為だけに選ばれたわけじゃないよな? つまり、こいつは歌も歌えるから、という。


 セット裏に用意してあるパイプ椅子に座り、一息つく。



 いや、待て! 一息ついてる場合じゃない!



 セットの裏からこっそりと顔を出し、3人の姿を探してみるが――、いない。



 あれ? いないぞ? もう帰ったのかな……。

 まぁ、それならそれに越したことはないか。

 まったく、あれくらいで動揺なんかしねぇぞ、俺は。

 これでもちょいちょい修羅場くぐってきてんだからな!



 そう心の中で毒を吐いた。


 

「アキ、どうだった?」


 後部座席に座った晶に長田が問いかける。


「だいぶ雰囲気違いますね。スーツでしたし」

「いや~。あんな好青年がゴリゴリのロックを歌う姿ってかーなーりおもしれぇだろうな」


 朝食用にとコンビニで買ったパンをかじりながら、助手席の湖上がニヤリと笑う。


「デビューシングルさぁ、うんと激しいやつにして、歌詞も過激なやつ書かせろよ。ギャップでぐっときちまうんじゃねぇの?」

「激しいのは作るつもりですけど……。歌詞は章灯さんにお任せですから……」

「アイツはむっつりだから大丈夫!」

「コガ、わかんのかよ?」

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだよ」

「誰なんだよ、お前は」


 長田はそう言うと豪快に笑った。


「とりあえず、章灯が仕事終わるまでちょっと寝ようぜ。さすがにきついわ」

「俺も、結構限界だ」

「運転代わりましょうか?」


 晶は運転席の背もたれに手をかけ、身を乗り出した。


「駄目だ。アキはまだ酒抜けてねぇだろ。この下戸下戸ちゃんが頑張るから良いんだよ」


 湖上が晶の方を見て笑う。


「誰が下戸下戸ちゃんだ。降ろすぞ」


 長田は横目で湖上をにらんだ。


「怒るなって、オッさんだって運転代わる気なんてねぇだろ?」

「当たり前だ、馬鹿野郎」


 長田は口角を上げて笑うと、ハンドルを切った。

 

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