♪8 悪魔の提案
1人残された
あらかじめ準備しておいた大きめのゴミ袋にピザの空き容器と使用済みのウェットティッシュを入れ、空き缶と空き瓶はそれぞれを分けて別のごみ袋に入れる。後片付けや掃除は昔から得意なのである。
――ただ、料理だけは全くといって良いほどに出来ないが。
飲みかけの缶ビールとコーラの入ったグラス、そして飲みかけの自分のグラスのみをテーブルに残して、それ以外のこまごましたものをシンクへと運ぶ。
「アキのグラス、空じゃん」
きっと自分がトイレに行ったあのわずかな時間で一気に飲んでしまったのだろう。やはり
ただ黙って待つのも何なので、さっさと洗い物まで済ませることにした。こういうものは後回しにすると面倒なので、量が少ないうちに片付けてしまった方が良いのだ。
洗い終えた食器を拭くものが無いことに気付き、調理台の上に伏せておく。
意外と遅いな、あの2人。
手を拭くものも見当たらなく、シンクの上で良く水気を切った後、仕方なく自分のズボンで軽く拭き、晶の部屋の前まで行った。
控えめにノックをして室内へ呼びかける。
「コガさん、オッさん、大丈夫ですか?」
「――お? 大丈夫大丈夫。もうちょいしたらそっち行くわ」
「わかりました」
何だか自分だけ輪に入れていない感じがして、少しだけ疎外感を味わった。
昨日知り合ったばかりなのだから無理もないのだが。
章灯は調理台の上に置きっぱなしになっているウィスキーの瓶をローテーブルまで運び、自分のグラスに少し足した。
ちょうどよい濃さになったカウボーイをちびりちびりやっていると、すっかり疲弊した様子の湖上と
「ほんっと、すみませんでした」
「いや、1回は見せとかねぇとな、今後のために。なぁオッさん」
湖上はふぅ、と大きく息を吐きながら長田に振る。
「そうだな。これからは章灯の役目になるだろうし」
「――え? 俺すか?」
「当たり前だろ。38に背負わせるんじゃねぇよ」
そう言いながら各自の飲み物の前に座る。
「まぁ……そうっすね。でもコガさん達の方が俺より筋肉ありそうっすけど」
自分の腕を軽く揉んだ後で、湖上の腕をつかみ、自分にはない硬さに肩を落とす。
「……やっぱり」
「鍛えりゃ良いだろ。っつーか、俺のでそんなにがっかりすんな。オッさんの方がすげぇぞ。オッさんはちゃんと鍛える派だからな」
「……だからコガさんの方にしたんですよ」
恨めし気に湖上を上目遣いで見上げる。
「おまっ……!」
湖上が握りこぶしをぐりぐりと章灯の二の腕に押し付けた。
「ちょ、痛いっす、コガさん……」
身体をよじらせて湖上の攻撃から逃れようとすると、長田が逆の二の腕を攻撃してくる。
「ちょ、何でオッさんまで……!」
「何かおもしれぇから」
歯を見せて長田がニィっと笑う。
ひとしきり章灯の二の腕を攻撃したところで、もう飽きたのか湖上がその手を止めた。
「さーて、アキもダウンしたことだし、どうする、オッさん?」
「そうだな。明日も早いんだろ? 章灯は」
「あ、はい……。『WAKE!』は
5時からの番組だからといって、4時半に行けば良いというものではないのである。当り前だが、打ち合わせもあるのだ。
「せっかくだからさ、章灯に起こしてもらって、3人で見学しに行かね? 良いだろ? 章灯」
飲みかけだったビールを一口飲んだ後で湖上が言う。
「お! それ良いじゃん! 真面目モードの章灯を見たら、またイメージ膨らむかもしれねぇしな」
膝をポンと叩いて長田が賛同する。リアクションはやはり40歳だ。
「ちょ、マジすか? でも俺がユニット組んでることは局長と社長しか知らないんですよ? アキはまだ良いとしても、2人は目立ちすぎますよ!」
目立ちすぎる、と言われて2人はまじまじとお互いを見つめる。
「待て待て、章灯。俺をこんなド金髪野郎と一緒にすんなよ。アキがOKなら俺だってイケるだろ?」
「まぁ~て待て待て。待てっておい。良いか? なぁ、良いか? テレビ関係の人間は金髪なんざ見慣れてんだよ。だからちょっと頭にこう……タオルでも巻いてだな……」
「やっぱり隠すんじゃねぇかよ!」
「とにかく! スタジオはまずいですって! 見るなら自宅で見てくださいよ!」
「仕方ねぇな……。じゃ、ここで雑魚寝させろ。そんで、5時になったら起こしてくれ」
「本番中は無理です。アラームで頑張ってください」
「冷てぇなぁ章灯。よし、ウチの社長に頼んで絶対生で見に行ってやる! アポ無しで!」
そう言うと、残っていたビールを一気に呷り、ソファに寝転がった。
「あっ、アポ無しは……ちょっと……! って、コガさん、マジで泊まってくんですか? 何か掛けないと風邪引きますって!」
「お前、何だかんだ言って面倒見良いな。弟か妹でもいんのか?」
テーブルの上の空き缶を持って立ち上がった章灯に長田が問いかける。
「いえ、姉がいるんですけど、何ていうか……その……結構だらしないといいますか」
「成る程。納得したわ。――で、どうする? 俺ら泊まってっても良いのか?」
「えーっと、何か掛けるものがあれば良いんですけど、俺、自分の分しか布団持って来てなくて……」
「布団はアキの部屋にあるから心配すんな。アイツ、お前より一週間早くここに来てるから」
「え? そんなに早くからですか?」
道理でこまごましたものがそろっているはずである。ただ、食器用の布巾だけは見当たらなかったのだが。
「んじゃ、章灯は俺らに構わず明日の準備しろよ。朝出る時も声かけなくて良いから」
立ち上がって、すでにぐうぐうといびきをかいている湖上を見下ろすと、布団を取りに行くのだろう、長田は晶の部屋へと向かった。
「手伝いましょうか?」
後ろから章灯が声をかけると、長田は、良い、良い、と言って手を振った。そして晶の部屋のドアに手をかけ、章灯の方を振り向くと「寝なくて良いのか?」と聞いた。
「あ、じゃ、お先に……」
それだけ言うと、自分の部屋に向かう。
何だろう、2人とも俺にはアキの部屋に近付けないようにしてるような気がする。
章灯はそう思った。
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