♪5 引っ越しスタート

 局内では局長の榊しか知らない『マル秘企画』の為の引っ越し作業がある章灯しょうとは、午前中の業務を終えると、いそいそと業務連絡用ホワイトボードへ向かい、自分のネームプレートの下に『社外研修』と『直帰』のマグネットを貼った。


「今日と明日の午後、社外研修の名目でさっさと引っ越しをすませろ」


 これが榊の指示である。

 カナリヤレコードの渡辺社長の厚意で、大型の家具の運搬については明日、大型トラックで手伝いの男性社員が来てくれることになっている。とりあえず今日は必要最低限のものを運んでしまおうということになった。


 局内の人間に軽く挨拶をして局を出る。

 隣の席の明花さやかからは「研修頑張ってくださいね」なんて労いの言葉をかけられてしまい、胸がちくりと痛む。


 マンションに着き、動きやすいようにジーンズとロンTに着替えると、こっそりと局内から運び出した段ボールに必要なものを詰め始めた。


 どのくらいそこに住むことになるのだろう。渡辺社長の元自宅というくらいだから、住み心地は悪くはないのだろうが。

 あの寡黙なあきらと住むという点にいささか不安はあったが、それくらいの方が静かで良いのかもしれない。


 ――でも、もし、彼女とか出来たら……? まさか連れ込むわけにいかないだろうし。

 

 などと考えたが、それは晶の方でも同じことだろう、と思い直す。

 

 とりあえず、この部屋は解約しないでおくとしても、電気と水道とかは止めといた方が良いのだろうか。

 

 などと考え出せば手が止まってしまう。そんな場合じゃないだろと自身の腿を強めに叩いた。


 それでも所詮、狭い1LDK。しかも、男の1人暮らしである。私服に少々こだわりがあるため衣類の段ボールがちょっと多いくらいで、それ以外はCDやDVD、仕事関係の書籍、それから食器類程度しかない。


 段ボールを部屋の隅に積み上げ、今夜と明日の朝に必要なものだけを車に積み込む。


「行くか」


 ぽつりと呟き、シートベルトを装着した。


「――お?」


 尻ポケットで携帯が振動している。


「くそ、ベルトしたままだと、きついな」


 横着してベルトをしたまま何とか取り出そうと試みるが、なかなか上手くいかない。

 仕方なく、ベルトを外し、尻を浮かせてポケットから携帯を取り出した。

 周りは皆、スマホに換え始めているが、章灯は断固として折り畳み携帯ガラケー派だ。

 別に機械が苦手というわけではない。単に、スマホに魅力を感じないというだけである。通話とメールが出来ればそれで良いと思っているのだった。


 サブディスプレイを確認すると『メール1件』という表示である。せっかく急いで取り出したものの、メールだったらしい。何の気まぐれか着信とメールのバイブパターンを同じにしてしまってから、何となく直しそびれていまに至るのだった。


 良い加減、メール受信のバイブパターンを変えないとなぁ、と思う。思うのだが、毎回そこですぐに変更をしない。ついつい後で後でと先延ばしにしてしまうのである。

 せっかくなので受信したメールを確認すると、湖上こがみからだった。


 件名:お疲れ

 本文:皆もう集まってるぞ。何時にこっち着く?


 やけにあっさりとした文面である。

 まぁ、業務連絡みたいなものだしな、と返事を打つ。


 件名:お疲れ様です

 本文:これから向かいます。道路状況にもよりますが、1時間かからずに着くはずです。


 送信完了の表示を確認してから、パタンと携帯を畳み、念のため、胸ポケットにしまう。

 今度こそ、と、ベルトを締め、エンジンをかけた。

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