♪4 オレンジと釣竿
榊と日野が去ると、会議室には
特に紹介されなかったけど、この女の人は、マネージャーの白石さんってことで良いのかな。いや、良いんだろうな。
企画書とその女性を交互に見つめていると、その視線に気付いたのか、彼女はコツコツとハイヒールの音を立ててこちらに歩いてきた。
「すみません、紹介が遅れまして。お2人のマネージャーを務めさせていただきます、白石麻美子と申します。とりあえず、現在のところ、お2人のお仕事は楽曲制作のみですので、しばらく私の出番はないかと思いますが、何かあれば、すぐに連絡ください」
そう言って、名刺を差し出す。条件反射のように自分も胸ポケットから名刺入れを取り出して交換した。
「ユニットの方向性の話し合いなんですよね? もし、私お邪魔でしたら、席を外しますけど、どうしますか」
しかし、どうしたもんだろう。たしかに男だけの方が話しやすいというのはあるのだろうが、この人も今後マネージャーとして関わっていくということは、同席してもらった方が良いのではないだろうか。
章灯が考えあぐねていると、湖上が助け舟を出す。
「麻美子ちゃん、俺ら4人だと下らねぇ話になっちゃって進まないかもしれねぇから、見張っててくんねぇ? ちょっと離れたところで座ってるだけで良いからさ。別の仕事してても全然良いし」
どうやら、この湖上という男は見た目も話し方もチャラいが、細かい気配りが出来るようである。
「そういうことでしたら」
麻美子は4人からやや離れた場所に座り、鞄から手帳とタブレットを取り出した。湖上に言われた通り、別の仕事をしながら同席するつもりのようだ。
「さて、んじゃまずはユニット名だな。俺らはサポメンだから、お2人さんで決めなよ」
「いえ、あの、有り難いお話なんですけど、いきなり全然しゃべらない飯田君と話し合うってちょっとハードルが高過ぎるといいますか……」
椅子に深く座り、高みの見物を決め込む気でいた湖上は「それもそうだな」と呟くと、長田に目くばせをした。
「とりあえず、交流深めるために4人でちょっと自己紹介がてら雑談でもするか」
長田はそう切り出すと、自分のことを話し始めた。
「えーと、トップバッターを務めさせていただきます、俺は長田健次郎。40歳妻子持ち。んで、コレがウチの愛妻と愛息子」
長田はポケットからスマホを取り出し、ホーム画面を表示させる。そこにはややぽっちゃりとした可愛らしい女性と、やんちゃそうな男の子が顔をくっつけて笑っている。
「奥さん若いっすね! 息子さん、小学生ですか?」
「女房、12年下なんだよなぁ。そんで、息子6歳な」
「12も下の奥さんって……。長田さん、やるなぁ」
羨望のまなざしで見つめると、長田もまんざらではないらしい。
「とりあえず、
「わかりました。『オッさん』ですね。それなら俺も章灯で。年下ですし。呼び捨てで、全然、もう」
「あとは……、ドラム始めたのは中学の頃だな。18で上京して『BEAT GANG』ってバンド組んで……、5年くらいで解散しちまって、その後はもっぱらサポート専門」
腕を組んで宙を見つめながらつらつらと話すと「俺はもうこんなもんかな」と締めた。
「んじゃ、次は俺かな。ちなみに、お前らも回ってくるから、話すこと考えとけよ。特に、アキ!」
湖上がびしっと指を差すと、晶の肩がびくりと震えた。
「えーっと、湖上勇助、38歳、独身。彼女は万年募集中~。せっかくアナウンサーと知り合えたんだし、章灯、可愛い女子アナ紹介してくれよ」
そう言って湖上は口角を上げてニヤリと笑った。
「俺ね、新潟出身。米どころは酒どころ! 酒の強さは負けねぇぞ~」
「章灯、コガはああ言ってるけど、酔うと結構面倒くせぇから、気を付けろよ。あと、女子アナは紹介しなくて良い」
「何だよ、オッさん! アンタ自分が飲めねぇからって!」
余計な口を挟んだ長田に、湖上がヘッドロックをかける。
「ちょ、ギブギブ!」
「ぐはは。思い知ったか。ふぅ、あとは何話すっかなぁ~。ああそうだ。ライブではさ、アキは一切しゃべらねぇからMCの時に俺がいれば俺に振れ」
「わかりました。頼りにしてます」
「あと、俺は『コガさん』だ。発音は……特に気を付けなくて良いけど」
そこまで言うと、ほい、終了! という一言で締める。
「さて、次はどっちがしゃべる? 章灯、いっとくか?」
「はい、じゃあ……」
コホンと咳払いをして話し始める。
仕事柄、当然、話すのは得意だが、自分のこととなると恥ずかしく思えてしまう。
「山海章灯です。えーっと、27歳、独身です。俺も、酒はそこそこ飲める方だと思います。一応、俺も米どころの出身なので」
「――え? どこどこ? ちょっと待て、当てさせろ。――わかった! 秋田だろ!」
湖上は俯いて一瞬だけ考える素振りを見せたものの、すぐに顔を上げ、ニヤリと笑って答えた。
「すげぇ……コガさん。何でわかったんですか?」
「ん? 適当適当。俺、新潟以外で米どころって言われたら、もう秋田しかわかんねぇし。あとはお前の色の白さかな」
そう言って、はははと湖上は笑った。
「そうなんですよ。不思議なもので、俺いくら焼いても冬になると戻っちゃうんですよね。そういう体質みたいで」
「よっ! 秋田こまち!と長田が合いの手を入れる。
「いや、俺、男ですから……。さて、俺はこんなもんですかね……」
そう締め、ちらりと晶の方を見る。
晶は章灯と目が合うと、慌てて視線を逸らした。出会ってまだ数分なのだから、この反応は仕方がない。
「さーて、逃げられねぇぞ、アキ。ここにはメンバー……と、麻美子ちゃんしかいねぇんだから、安心してしゃべれ!」
湖上は晶の背中を軽く叩いた。華奢すぎる身体が前方に傾ぐ。
「え……っと、飯田……晶です。21歳。……独身です……」
晶はぼそぼそと話し始めた。見た目も華奢だが、声もやや高めで細く、確かにこれならコーラスも全力じゃないと厳しいかもしれない。
「……って俺らの真似して馬鹿正直にそこ答えなくて良いだろ! 今日日21で既婚の方が驚くわ!」
長田が大げさなリアクションで突っ込みを入れる。ノリが良い。
「そうだぞー、何か個性出せよ、アキ」湖上がそれに乗っかる。
2人に指摘され、晶は軽く口を尖らせると「困ったなぁ」と呟いた。
しかし、
「ええと……」
と呟いたきり、その続きが出てこない。
「あー、じゃあさ、さっきの流れでなんだけど、酒は? 飲めんの? って、まだ21だから厳しいか」
本気で困っているようだったので、章灯の方から質問してみる。
「あー、ダメダメ! こいつ超弱い!」
それに答えたのは湖上だった。
「オッさんみたいに体質的に飲めねぇとかじゃねぇんだよ。飲めるんだけど、もー、純粋に弱い! 味は嫌いじゃねぇみたいなんだけど、あっという間につぶれちまうから、飲ませる時は家で飲ませろ!」
「マジすか……。なのに、味は好きなんだ?」
「ウィスキーの牛乳割が……特に……」
「カウボーイか……。アレは飲みやすいもんなぁ。じゃ、明日、引っ越し祝いで飲もうぜ。コガさん、家なら良いっすよね? 酒が入った方がしゃべりやすいんじゃないですかね」
「まぁー……それは一理あるな。俺らも参加して良いだろ?」
「もちろん。引っ越し&結成祝いと行きましょう! ……って、そうだユニット名……」
何かヒントになるものはないだろうか、と辺りを見回す。そこで晶の華奢な手が目に入った。
ギタリストの手って、やっぱり綺麗だなぁ。指も細くて長いし、楽器とか俺には絶対無理だ。
折れそうなほどに――はさすがに言い過ぎではあるものの、湖上や長田と比べるとやはりかなり華奢な手をついつい凝視してしまう。そしてそんな華奢な手は、大ぶりの指輪や、ブレスレットで飾られていた。そのゴツさがより晶の華奢さを際立たせているようにも思えた。
章灯がじっと自分の手を見ていることに気付いた晶が「何か」と顔をしかめる。
「ああ、いやごめん。アクセ、すげぇな、って見てた」
嘘ではない。
厳密には、アクセサリーまみれの『手』を見ていたのだが。さすがに同性に身体をじろじろ見られるのは気持ちが悪いだろう、と咄嗟にごまかす。
「凝ったやつ着けてんなぁ、って。ええと、ほら、その指輪とか」
と、晶の親指の指輪を指差す。すると、晶はそれを外し、「どうぞ、じっくりご覧ください」と言って、章灯に手渡した。
「そんなわざわざ……悪いな。何だこれ、すげぇ、この丸いの。ミカン? オレンジ?」
「それは……オレンジです。親戚……が果樹園やってるもので」
「へぇー、それでオレンジがモチーフの指輪探したのか」
「いや、アキはシルバーアクセサリーのデザイナーもやってんだよ。それ、お前の店のだろ?」
長田が章灯の持った指輪を覗き込んで言う。
「デザイナー? マジで? すげぇな飯田君!」
章灯が感嘆の声を上げると、湖上が大袈裟に身を震わせながら苦笑する。
「章灯もアキって呼べよ。何か『飯田君』ってすっげぇ違和感。違和感しかねぇわ」
成る程、オレンジなのか……。とすると……。
「じゃ、もしかして、この回りのごつごつした感じのは枝だったりして……?」
指輪の周囲を人差し指でなぞりながら問いかけると、晶はゆっくりと頷いた。
「ふぉおお! 細かい! アキすごい! うまいなぁ!」
目の前に持って来て細部までじっくり観察した後、指輪を晶に戻す。
大声で指輪を褒められた晶は、顔を逸らしていたが、何となくまんざらでもなさそうである。
「そうだ……せっかくだし、ORANGEって入れよう。ORANGE、ORANGE……あと何か付けますか……?」
「アキんトコを入れるなら、章灯の方から何かヒントないのか?」
「ウチっすか……。ウチは釣具店です。名前も何も捻ってないですよ。普通に『山海釣具店』なんで」
「釣り具かぁ……」長田が腕を組む。
「釣り具……。釣竿……。ロッド、か」湖上も長田を真似て腕を組んだ。
「ん? じゃ、ORANGE RODで良いんじゃねぇのか?」
湖上の呟きを受けて、長田がぽつりと言った。
「――お? 良いじゃないすか、それで」
「その順番で良いんですか?」
ぼそぼそと晶が言う。自分の方のORANGEを前に出しても良いのか、ということだろう。
「良いよ良いよ。だって、ROD ORANGEより、ORANGE RODの方が何かしっくりくるじゃん。よし、とりあえず決まったな」
章灯が晶の背中を軽く叩くと、湖上もそれを真似て長田の背中を叩く。
「よっしゃ、んじゃコレでユニット名も決定っつーことで! 改めてよろしく!」
湖上がそう言い、誰からともなく拍手が起こった。
「えーっと、あとは何を決めたら良いんですかね。俺、バンドってコピーぐらいしかやったことないんすけど」
「あとは……。そうだな。たとえば、ジャンルっつーか曲の方向性っつーか、そういうの決めたり、バンドによっちゃ作詞担当を決めたりとか……かな」
「そういえば、曲って誰が作るんですか? 俺、楽器って一切出来ないんすけど」
「ああ、それはアキが作るよ。こいつ、こう見えて作曲も編曲も何でもござれ系」
となぜか長田が得意気に答える。
「うっわ、マジすか。何だよこの才能の塊」
こうなると、ただの歌要員の自分が何がか情けなくなってくる。
俺だって、歌以外で何か貢献したい。
章灯がそう思うのも無理はない。
「じゃ、じゃあ、俺、やります!」
突然挙手した章灯を3人は怪訝そうな顔で見つめる。
「やるって……何を?」
眉間にしわを寄せた長田が口を開く。
「歌詞、書きます!」
「書けんの? お前」
湖上が驚いた顔で章灯を見つめる。
「書いたことはないですけど……。これでもアナウンサーの端くれ、語彙はあるつもりです!」
「……まぁ、歌うやつが歌いやすい言葉の方が良いだろうしな。アキ、良いだろ? ていうか、お前歌詞書けないしな」
湖上が晶に振ると、ゆっくりと頷いた。
「それと……、アキは得意なジャンルってあるのか?」
「良く作るのは……ロックとか、ハードロックですとか。でも、一応依頼があればポップスとかも作りますけど」
「アキは結構オールマイティーだよ。こいつに作れないのはレゲエとかハワイアンくらいだろ」
「レゲエとか、ハワイアン……」
正直ちょっと似合わないと思ってしまった。
「作れなくはねぇんだろうけど、何か変なんだよなぁ。あっつい国特有の陽気な感じが苦手なんだろうな。明るい曲は作れるくせに」
「何だそりゃ。そういうもんなのか、アキ?」
「別に……。そんなことはないです、けど」
晶はそう言って顔を伏せる。この反応からして、たぶん、図星なのだろう。
「まぁ、俺もレゲエは歌ったことないし、ちょうど良いよ。それに、オールマイティーなら特に固定しない方が面白いんじゃないですかね。お偉いさん方指定されない限りは、アキが作りたい曲で」
「章灯はそれで良いのか?」
「どんな曲でも歌いこなして見せますって」
「まぁ、それも面白いんじゃないか? 型にはまらないユニットっつーコンセプトでいくか」
「そんなわけで、曲作りはアキに任せる! 歌詞と歌は俺にどーんと任せろ!」
そう言って、再度晶の背中を軽く叩いた。
「頼りにしてます。でも、もし曲作りに詰まったら、漠然とでも良いんで、イメージを頂けると助かります」
晶はそう言うと微笑んだ。
笑うと結構可愛いじゃないか、なんて思ってしまう。たぶん女性はこういうギャップに弱いんだろうな、とも。
「よーし、麻美子ちゃーん。だいたいの話聞いてたぁ? 社長にこんな感じでメールよろぴく~」
4人から離れた位置で気配を消していた麻美子に湖上が声をかける。
麻美子はにっこりと笑って右手でオーケーサインを作った。
「山海さんも、社長にメールお願いしますね」
やっべぇ。すっかり忘れてた。
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