♪3 ユニット名 『不明』

「いやー、山海やまみ君、急な話でびっくりしたろう」


 にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて日野は両手で頬杖をついた。


「え……、あ、はい……」


 そりゃあ、もう……、と続けそうになり、目の前にいるのは社長だぞ、と、ぐっと気持ちを引き締める。けれど「そんなことはありません」とは言えない。


「実は、カナレコの渡辺社長とは古くからの友人でね。前々から何か変わったことやりたいねって話をしてたんだけど、普段真面目なアナウンサーが激しいロックを歌ったりしたら面白いんじゃないかって話になってねぇ」


 カナレコの渡辺社長は満足気にうんうんと頷いている。

 

「榊君に見た目が真面目で歌が上手い若手を探しておいてくれって言ったら、君の名前を挙げてきたんだよ」


 そういうことだったのか、と合点がいく。

 まぁ確かに、局の中ならば章灯が一番だろう。本人にもその自負はある。


「私も君の歌声を聞かせてもらったけど、普段の君の声とはまた違う魅力があるよね」


 まさか社長に褒められると、とまんざらでもないわけだが、自分の歌声を告知なしで流されるのは、正直心臓に悪い。


「――ということで、この人が君のパートナーの飯田あきら君」


 そう言うと、日野は隣に座った先ほどの黒髪を指し示した。


 章灯しょうとがその方を見ると、さらさらとした黒髪の華奢な人物はぺこりと頭を下げた。それに合わせて章灯も頭を下げる。


「さて、紹介も終わったところで、榊君、続きを。山海君も座って良いよ」

「はい、では……」



 その後、気を取り直して榊の話す内容に耳を傾けていたが、ほとんど昨日渡された企画書に書いてあるものだった。とりあえず、補足として追加されたものをペンで書き込んでいく。


 現在のところ確定しているものは、


・ユニット名 『不明』

・メンバー Vo山海章灯 Gt飯田晶

・サポートメンバー Bs湖上こがみ勇助 Dr長田おさだ健次郎

・マネージャー 白石しろいし麻美子

・スケジュール

 3月1日(土)までに『シャキッと!』メインテーマを含め3曲制作

 3月8日(土)レコーディング

 4月7日(月)『シャキッと!』放送開始&デビューシングル発売



 ということらしい。



 成る程、Mgというのは楽器の名前ではなく『マネージャー』の略だったのか。

 確定しているのにユニット名は不明、と。

 いやまさか『不明』ってのがユニット名じゃないよな?

 しかし随分とやっつけ感のある強行スケジュールだ。

 まぁ企画モノの色モノユニットってやつなんだろうし、こういうものなのだろう。



「ユニット名については、余程ふざけたものでなければ容認する」


 まるで章灯の考えを読み取ったかのようなタイミングで榊が付け加える。


「あと、細かいところは企画書の最後のページに書かれているので、良く読んでおいてください。それから、このユニットについては番組スタートまで完全シークレットとなっております。カナリヤレコードさんの方でも、くれぐれもよろしくお願い致します」


 そう言うと榊は渡辺に向かって丁寧に頭を下げた。


 細かいところか、とページをパラパラとめくってみると、最終ページに様々な注意事項が載っており、その中にある【飯田晶について】という項目が目についた。


【飯田晶について】

・テレビ、ラジオ等のインタビューは禁止

・テレビ出演時は司会者、共演者との会話禁止

・ラジオ出演は公開録音のみ可だが、ファンサービスのみ

・雑誌のインタビューは事前アンケート形式のみ許可

・衣装指定有り



 何だこれ? 彼、何でこんなに徹底してしゃべらない気なの? 特別待遇?



「あの……局長、ちょっとよろしいでしょうか」


 どうしても気になり、手を挙げる。


「どうした? 山海」

「あの……飯田君のこの注意事項についてお聞きしても?」


 そう言うと、榊は一瞬渡辺の方に視線を向ける。

 渡辺は目を瞑って大きく頷いた。


「飯田君は……なんていうか……ちょっと極端に喉が弱いというかな。コーラスに全力を注ぐために極力しゃべらないようにしているそうだ」

「えっ、でも、それだとコミュニケーションが……」

「いや、お前と話すくらいは大丈夫だろう。ただ、人前ではあまりしゃべらせないように」

「……? はい……」


 いささか納得いかない理由だが、局長命令とあらば仕方がない。


「で、楽曲制作とお互いの親睦を深めるってことで――」


 今度は渡辺が口を開く。



「明日から、お前らは一つ屋根の下で共同生活をしてもらう」



「――は、はいぃ?」


 思わず晶へ視線を向ける。どうやらそれに関しては聞かされていなかったらしく、さっきまでのポーカーフェイスが崩れ、明らかに驚いた顔をしている。


 何だ、ちゃんと人間らしい表情かおもするじゃないか、とホッとする。短期間の企画とはいえ、共に仕事をする相棒が寡黙な上に無表情というのは正直やりづらい。


「まぁまぁ、そんな顔するなって。中古だけどな、平屋の一戸建てだぞ。まぁ小さいけど3LDKだから、プライベートもばっちりだし、なんと、防音付きの地下室まであるんだ」

「うぉぅ! 良いじゃないっすか! 俺らも練習しに行くからな! な!」


 湖上は身を乗り出して章灯にウィンクした。同性にされて気持ちの良いものではない。


「社長、良くそんな良い物件ありましたね」


 長田が感心したように言う。長田は見た目こそ湖上と並ぶ派手さだが、彼とは対照的に落ち着いている人物のようだ。


「おう! 何せ、元俺ん家だしな!」

「――え?」

「独身の頃に住んでた家なんだよ。空家にしとくと何かと手入れが面倒だろ? だからこの際、お前らに貸してやる。家賃は……デビューシングルがある程度売れたら免除してやるから」

「う、売れなかったら……?」


 おずおずと章灯が問いかける。


「いまからそんなこと考えんなよ、馬鹿野郎。でも、まぁ、そん時は月20万でももらうかな」


 ということは、2人で分ければ1人10万。

 都内の一戸建てと考えれば、立地にもよるがまぁ安い方だろう。シェアではあるが。


「とりあえず、こんなもんだな。んじゃ、俺忙しいから会社戻るわ。山海、後で湖上に俺の番号とアドレス聞いとけ。んで、お前の番号とアドレスをメールな」

「ええ? あ、はい! お疲れさまでした!」


 席を立ち、すたすたと去っていく渡辺に深々と礼をすると、彼は、ドアの前で一度振り向き、


「日野、これからが楽しみだな」


 そう言ってガハハと笑い、渡辺は会議室から出て行った。


「相変わらず、嵐のような男だ」


 日野がぽつりと呟いた。


「さて、榊君、我々ももう行こう。後は彼らだけの方が色々と話しやすいだろうから」


 日野も立ち上がり、榊にも退室を促した。


「そうですね……。山海、お前、今日の業務はこのユニットの方向性会議だ。少なくとも、ユニット名は今日中に決めてしまえ。それから、さっき渡辺社長がおっしゃっていた家の件だが、メールで地図を送っておくから、荷物は少しずつ運べ」

「わ、わかりました……」


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