お祭り編 :花
お祭りは夕方から始まる。僕と先輩は神社にある石段の下で待ち合わせをしていた。神社のある場所は市街地から少し離れた場所である。僕が住んでいる街は市街地から少し離れるとすぐに田んぼと、山が姿を表して地方都市の現実を教えてくれる。神社は数千年前に山を切り開いて建てられたらしい。境内の周りは山と鬱蒼とした木々に囲まれている。
僕が石段下に着いた時には既に出店が開かれていたし、人もちらほらと集まり始めていた。iPhoneで時刻を確認すると、待ち合わせの20分前だった。僕は少し早く来すぎたなと思った。ただ、このあたりに詳しいわけでもないし、出店で楽しめる年齢というわけでもない。僕は石段の下で先輩が到着するのを待つことにした。空はまだ少し明るかったが、確実にその暗さを増してきているようだった。果たして、迷い犬は今、どこを彷徨っているのだろうか。もしかしたら、この夏祭りに迷い込んではいないのだろうか。
僕は周りを見渡してみた。石段の下には先ほどに比べて人の数が格段に増えていた。大人も子供も浴衣を着て楽しそうに歩いている。こういう人ごみは、嫌いじゃなかった。
「すまない、またせてしまったね」
夏祭りを観察していると、声をかけられた。僕は声の感じから先輩だと思った。予想では振り返れば、そこには先輩がいるはずだった。
僕が振り返った時に、最初に目にしたものは、深みのある群青色の浴衣をきた女の子だった。女の子は艶のある黒髪を赤い紐で結い上げていた。女の子の格好を見てから、間違って声をかけられたなと思った。先輩が浴衣を着ているシーンを想像できなかった。
「たぶん、人違いだと思いますよ」
僕は下を見ながら返答をした。女の子の下駄は黒色で鮮やかな赤色の鼻緒がついていた。
「まったく、君という人間は、観察力がなさすぎる」
僕は、もう一度、女の子を見た。黒色に赤い鼻緒のついた下駄から女の子の顔まで一気にあげる。
「あ、先輩?」
いつもと格好も雰囲気も違うから一瞬ではわからなかったが、良く顔を見ていると、確かに先輩だった。
「君という人間は、失礼がすぎるぞ? もう、1年近く、一緒にいるだろう」
僕は返答に困って、頭をかいた。さすがに、綺麗すぎて見間違えました、とは口が裂けても言えなかった。
「まあ、いい。とりあえず、少し、夏祭りの雰囲気を味合わないか?」
先輩が器用に回転をして後ろを向き、顔を半分だけこちらに向けた。その状態で質問をされたら、選択できる返答は一つだけしかなかない。
「そうですね、夏祭りを味わいましょう」
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