穢れの受肉
双子は爆風に吹き飛ばされた。
足で踏ん張る間もなく、ゴロゴロと身体が地面を転がる。
強か身体をぶつけて地面に転がったまま呻く千尋。対照的に、多少の受身は取れたらしい千景は、頭に手を当てながらも、すぐに立ち上がった。
「っ……璃桜か」
璃桜は遥か昔に行った桜緋との死闘の影響で肉体を失っている。言ってしまえば、魂だけの状態だ。
近づいてくる青い炎。あれが璃桜の魂だろう。
「俺には、もう入り込む隙はないぞ」
険しい表情で千景が告げると、炎はゆらりと大きく揺れた。炎の状態では、言葉を発せないらしい。
そこで、ようやく千尋も身体を起こした。
璃桜である青い炎を見ると、背筋に悪寒が走った。何かおかしい。何だ、この恐ろしさは。
それは千景も感じているらしく、顔から血の気が引いていた。
「千景」
「ああ……気配がおかしい。何だ、あの違和感は」
短く言葉を交わす。
青い炎は不気味なくらい静かに、ゆらゆらと揺れる。その中心から放たれる禍々しい気配。
炎と二人の間にある緊張感は、限界まで張り詰めていた。何かの拍子に弾けてしまいそうな危うさを孕んだ時間が、ゆっくりと流れていく。
どのくらい経っただろうか。
青い炎が、突如大きく揺らめいた。
ビクリと双子が身体を震わせる。何かが起ころうとしている。
これまでの時間に何か手を打つべきだっただろうが、そんなことはできなかった。少しでも動けば、一瞬で抹殺される。本能からの恐怖心が対抗手段に出ることを許さなかった。
むくり、むくりと炎が膨らんでいく。まるで、風船のようだ。
その大きさは結界を無理矢理押し広げるほどのもので、様子を窺っているしかなかった二人もさすがに顔色を変えた。
「千景、これって!」
「まずいっ」
二人はそれぞれ刀印を組んで自分の霊力を解放した。即座に自身を守る簡易的な結界を築いた。
それと同時に炎は周囲の結界を押し開き、ぶち破った。
***
外から様子を見ていた桜緋は、瘴気と陰気が内部で膨張していくのを感じて、すぐさま臨戦態勢に入った。
「大方、璃桜が何か仕掛けているところか。しかも、結界を破ろうと……二人とも、無事でいてくれ……!」
そのとき、目の前で結界が大きく膨らみ、爆発した。
爆風が吹き荒れ、中から巨大な青い炎が現れる。そして、二つの小さな丸が宙に放り出された。
「千尋、千景!」
結界でどうにか防御した二人が爆発で投げ飛ばされたらしい。
桜緋は自身の花弁で渦を作り、二人が地面に激突しないよう受け止める。
「無事か!?」
慎重にかつ素早く下ろしてやり、傍に駆け寄る。
すると、千景は結界を解いて苦笑を零した。
「どうにか助かった……ありがとう、桜緋さん」
千景にしては柔らかな物腰に桜緋は意外そうに瞬きした。千景はこれまで融和的な態度を取ったことがなかった。
それは千景自身も自覚しているらしく、申し訳なさそうに瞼を伏せる。
「今まで冷たく接してしまって、すみません。璃桜に取り憑かれ、解放されたら、何だか胸の奥にずっと凝っていたものが、なくなったみたいなんです」
「……自身の苦悩や蟠りをも、陽に転じたということか」
「恐らくは」
「そうか……」
そして、千景よりも遅れて千尋が結界を解いた。しかし、酷く顔色が悪い。今にも吐きそうな青白い顔で、肩で息をしている。
「千尋、どうした」
桜緋が傍らに屈み込むと、千尋は緩慢に首を振った。
「わからない……」
千景は千尋の首から下がっている御守りに触れて、衝撃で壊れていないか確かめた。もしかしたら、爆発の拍子に破れて、そこに封印している莫大な霊力が、一気に千尋へ戻ってしまっているのではないかと思ったのだ。しかし、御守りに破れているところなどなく、正常に作動しているようだった。
ひとまず、千景は応急手当で千尋の額に手を当てて、霊力を分けてやる。
「大丈夫か?」
「……頭が、ぐらぐらする」
呂律の回らない口調で千尋は辛そうに呻いた。
「そりゃあ、あれほどの結界を張って、無惨に破られたんだ。反動が来るのは当たり前だろ」
甘く、冷たい声が降ってきた。
天に聳えるほどの青い炎。それが一気に収縮し、三人の目の前で弾けた。
火の粉が飛んでくるも、すかさず桜緋が前に出て袖口で振り払った。微かに肌を掠った火の粉に霊力を奪われ、桜緋は顔を顰める。
「っ、……嘘、だろ」
炎の中から現れた人影を認め、千景は唸るように声を絞り出した。
陶器のように白く滑らかな肌。細身で華奢な体躯。腰まである長い髪をそのまま身体に絡めるようにして下ろし、瑠璃色の瞳は冴え冴えと残忍な光を宿す。身に纏った衣装は薄い紫色の単衣一枚と酷く寒々しいが、その異様な姿は見る者に鮮烈な印象を与える。
「衣装まで豪華にできるほどではないか……まぁ、こんなものでもないよりは良い」
自分の姿を見下ろして、手を握ってみたり、腕を動かしてみたりしながら、つまらなそうに呟く。
それを見た桜緋の瞳は、殺意を孕んで紅く輝いた。
「璃桜、貴様……!」
「そこの少年。依代の提供感謝するよ。おかげで肉体再生にまで辿り着いた」
「提供した覚えはない!」
千景が間発入れずに強く否定するも、璃桜はきゃらきゃらと嗤う。
「何言ってるんだ。俺に捕まったのはお前の意思だろ。つまり、提供してくれたんだ。……心の弱った人間ほど便利な生き物はいない。ここまで漕ぎ着けたんだ。流石の俺だって感謝の一つや二つくらいするさ」
「ハッ、生憎だが肉体を得たところでお前の末路は変わらない」
すると、桜緋が低く唸り、霊力を爆発させて威嚇する。
「お前はここで死ぬ。肉体を得ようと無駄だ!」
「んー……姉さんとやり合うには、ちょっと力が足りないかなぁ……肉体の再生に霊力使っちゃったし……」
全身から迸る桜緋の殺気を受けているというのに、呑気な口調で呟きつつ、カリカリと頭を搔く璃桜。長い髪を鬱陶しそうに掻き上げ、悩ましげに眉間に皺を寄せた。
「……よし」
何やら考えたようで、璃桜は一つ頷く。
「ここは逃げよう」
あっさり逃亡宣言をし、璃桜は身体から霊力を解放した。
「この空間は俺の瘴気と霊力で作った。つまり、俺のホーム。姉さん達の方がアウェー。だから、俺が逃げるのに苦労はない」
「っ逃がすか!」
逃げようとする璃桜の身体を押さえようと、桜緋は腕を振って無数の花弁を渦状にして放つ。
「逃げるよ。今日はもう疲れた。殺し合いは日を改めよう」
「璃桜ッ!」
璃桜は薄紫色の花弁を桜緋と同じように展開。花弁の渦同士がぶつかり合い、霊力の拮抗で白い火花が飛び散る。
「焦んないでよ。また会うんだし」
渦の向こうから璃桜の声がする。
「あと、そこの双子。俺達と深く繋がってるんだ。きっとまた
愉しそうに嗤っている璃桜の声が遠ざかり、異空間ごと彼の姿は掻き消えた。
大晦日の夜。先程までの激しさはプツリと収まり、底知れない静寂が辺りを覆う。
「……璃桜」
桜緋の憎しみに燃える声が辺りに響いた。
千景はその場に膝をつき、まだ動けるまで回復していない弟へ、霊力を分けてやっている。
遠くから除夜の鐘の音が聞こえてきた。
皮肉にも、年の瀬に此岸の厄災が復活してしまった。そんな一年最後の夜だった。
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