枯れゆく桜

帰省

 今日は大晦日だ。

 千尋は朝から部屋の大掃除をしている。


「千尋、少しは進んだのか?」


 にやにやと笑いながら部屋に顔を見せたのは、冬休みで家に戻ってきている双子の兄、千景だ。戻ってきたのは、ほんの三日前だというのに、千景は既に自室の大掃除を終え、店の手伝いをしていた。千景の大掃除が早く終わったのは。普段学校の寮生活で自室が散らかる理由がないという点が大きい。


「うっさいなぁ、からかいに来ただけなら店に戻れよ」


 千尋が最も砕けた口調で接する人間は、この千景であった。千尋は他人に対して憎まれ口を叩くようなことはしない。しかし、この双子の片割れだけは別であった。


「母さんに見てくるよう言われてきたんだよ。早く終わらせろよ。店が忙しくなってきた」

「それはわかってるけど……」


 下の賑やかさは二階で掃除をしていても聞こえてきていた。大晦日で常連客達が顔を見せに来ているのだ。


「……仕方ねえな」


 千景が散乱した物の山の前に座り込んだ。


「早く終わらせるぞ」


 そう言って、手早くゴミとそれではない物を分け始める。普通なら、部屋の掃除に手出しされたら嫌がるものだろうが、千尋はその辺りの神経が図太いというか、言ってしまえば鈍感で、早く終わるならそれでいいと思っていた。もちろん、千景も物を捨てるときは部屋の主に確認をとるので、特に揉めることもない。

 双子が並んで黙々と部屋の整理をしていく。すると、動きに合わせて千尋の首元から紐で繋がれた御守りが出てきた。たらりと首からぶら下がっている御守りを見て、千景は微かに眉を寄せた。そして、それとなく問う。


「……なんだ、調子悪いのか?」

「なんで?」

「首から出てるぞ」


 御守りのことを指摘されているのだと察した千尋は、出てきてしまった御守りを服の下に押し込んでから微かに笑った。


「まあ……ちょっと?」

「大丈夫なのか」

「これがあれば、何とか。そっちは何ともない?」

「俺も最近少し安定しないが……お前に比べたら軽症だろうよ。それに、俺の症状はお前のに引き摺られてるだけだろうし」

「双子だから?」

「そう」


 双子は霊的に共鳴しやすい。片方が安定を欠けば、もう片方もそれに引き摺られて安定を欠く。だから、千景は自らの不調を大して気にしていなかった。


「だが、お前はどうしてそうなった? 原因はわかっているのか」

「それが……なんか色々と複雑らしくて」

「……俺達は一人の精霊との繋がりが異常に深い。それが絡んでいるなら、既存の事例に照らし合わせて、原因を突き止めることは難しい」

「桜緋のせいって言うのか? 悪いけど、そんなことは」

「桜緋のせい、とは言っていないさ。俺は事実を言っているだけだ。そもそも、彼女との因果がなければ、俺達はこんな霊的に特異な体質を持って生まれてくることはなかった。桜緋の存在が一因にあることは否めない。それは本人に聞いてもそう言うと思うぞ?」

「……確かに、それはそうだけど」


 桜緋との因果。

 それは千尋と千景にとっては抗いようもない運命のようなもの。しかし、これを強いられる理由は二人にはなかった。

 ただ、二人は転生しただけ。主に千尋の魂のことであるものの、それですら千尋には及ばないところに生じたものである。

 二人が霊的に特異な性質を持って生まれたことに、納得のいく理由など存在しない。


「……ゲホッ」


 千景が痰の絡んだ咳をした。

 一方の千尋は霊的に安定しないだけで、もう風邪の方は治ってしまった。千景は霊的に安定しないというより、普通に風邪を引いているのではなかろうか。


「千景、風邪引いた?」

「いや……ちゃんと医者に診てもらって、処方してもらった薬を飲んでる。家で大人しくしていれば、すぐ治るだろう」

「そう……?」


 千尋は素直にその言葉を受け止められなかった。なんだか胸がざわついて、嫌な感じがする。


「……千尋?」

「千景もさ、僕と同じく霊的に何か起こってない?」

「どうした。俺のは、ただの風邪だって。それに、霊的に何か起こっていたとしても、それはお前の影響を受けているだけで」

「本当に?」

「ああ。俺自身は特に霊的な問題はない。強いて言うなら、お前の状態に引き摺られて違和感を感じている。それだけの話だ」


 千景は、この話はもう終わりだと言わんばかりに、強い口調で言い放った。

 千尋はそれに気圧されて口を噤んだものの、顔を曇らせた。確かに、千景の霊気は自分と比較すれば、遥かに安定している。それは一目瞭然だ。

 けれど、何故か胸がざわつく。


「……」


 そのとき、ふと千景が顔を上げた。そして、剣呑な表情で窓の向こうを見やる。

 千尋は不思議に思って小首を傾げた。


「千景?」

「……何か澱んでいないか」

「へ?」

「お前、封印で勘も鈍ったのか。感覚を研ぎ澄ませろ。霊気がおかしい」


 千景が立ち上がり、窓を開けた。大晦日の冷たい外気が部屋の中に入ってきて、千尋はぶるりと身体を震わせる。

 けれど、寒さに震えている場合ではない。千尋も目を閉じて、霊気に意識を集中させた。すると、周囲の霊気が極端に澱んでいることに気付いた。


「邪気……?」

「いや、違う。だが、何なのかは、わからん」


 邪気というには、霊気の澱みが弱い。邪気ならば、もっと瘴気に近い澱みが生まれているはずだった。

 外をじっと見ていた千景だったが、はっと目を見開く。澱みの中に混じっているもの。これは。

 ぱっと千尋を振り返って言う。


「千尋、桜緋を呼べ」

「何かあった?」

「彼女に異変があるか確かめたい。早く」

「といっても、呼んだってすぐ飛んでくる訳……」


 ない。そう言おうとしたら、千景が窓から一歩下がった。そして、部屋の中に顔を見せたのは桜緋だ。


「私には、まだ影響はない」


 いつもと変わらない淡々とした口調。しかし、その見た目は普段通りとはいかなかった。


「桜緋!? それのどこが影響ないんだよ! どう見ても、もろに影響されてるじゃないか。無理して、いつも通りにしなくたっていいんだよ!」

「澱みに桜の気を感じたからまさかとは思ったが……桜緋さん。貴女、この状況について、何か知っているみたいですね。だがその前に、貴女の状態の方が一大事か」


 普段なら桜色をしている桜緋の着物。常に桜の花を思わせる美しい見目をしているというのに、今の彼女の着物は枯れたような薄茶に変色していた。

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