近所の交通公園には、いい天気だからか親子連れがたくさん訪れていた。三輪車に乗った小さな女の子が楽しそうに笑顔で走っていく様を、二人はベンチに座って眺める。

 店の前で話してしまっては営業の邪魔だろうということで、荘司が場所を移した先がこの公園だった。幼い頃はよく親兄弟や幼馴染と一緒に遊びに来たものだが、この歳になってしまうと公園に足を運ぶこともなくなっていた。ここに来るのは本当に久し振りだ。懐かしい。

 千尋が瞳を細めていると、荘司が買ったばかりの団子を一本差し出してきた。


「食べるかい?」

「ありがとうございます。……父の団子、昔から好きなんですよね」

「いいなぁ……お父さんがこれを作ってるなんて羨ましい限りだよ」


 荘司も団子を口にしながら、緑の生い茂る頭上の木々を見上げた。湿度の高すぎない爽やかな初夏の陽気が心地よい。この爽やかさも、強い日を程よく遮る木々によって齎されている。

 団子を口に運ぶ合間に、荘司は千尋の方を見て労いの言葉を口にした。


「……千尋君、昨夜は本当にお疲れ様。組合も、とても助かったよ。ありがとう」

「いえ、僕は餌になっただけで実行は、ほぼ桜緋と皆さんがされたわけで……」

「謙遜しなくていいよ。君がいなかったら、あの状況をここまで一気に解決することはできなかった。君の功績だ」

「なんか、恥ずかしいです」

「はは。そうだろうね。気持ちはわかる」


 荘司の団子は、あっという間に串だけになった。串をくるくると回して遊びながら、荘司は今の状況を簡単に説明した。


「組合の方は昨日の件を受けて、事態の収束に動いているよ。大元を叩いたといっても、全てがすぐに元通りになるわけじゃない。早く本来の日常に戻るよう、多くの組合員が駆け回っている。……俺や和葉ちゃんは昨日頑張ったから、後始末はしなくていいことになってるけど」


 片目を器用に瞑る姿に千尋は、なんというか典型的なイケメンを連想した。いや、荘司はもともとイケメンだが。今は一切関係ないのに、学生時代モテただろうな、とか思ってしまう。


「……どうかしたかい?」


 ぱちぱちと瞬きして首を傾けても、今度は愛嬌を感じる。初めて会った時から思っているが、本当にポテンシャルの高い男だ。ここまで良くしてもらっていることが、奇跡に近いような気がしてくる。


「あ、そうだ。肝心の本題を言ってなかった」


 千尋が自身の思考に走っていたら、荘司は緩く握った拳でぽんと、もう片方の手を叩いた。


「千尋君。良かったら、うちの宴会に来ない?」


 ***


「あー! 美味い!」

「桜緋って、お酒好きだったのね。意外だわ、見た目は私や千尋君と変わらないのに」

「おうおう小娘、成人したら私と呑むか?」

「いやよ」


 酔っぱらいの誘いを、ぴしゃりと拒否して和葉はオレンジジュースを口にした。

 精霊組合横須賀支部の宴会だというのに、一番大騒ぎしているのは桜緋だ。

 酒を一気呑みしては、けらけらと笑っている。いい気分にしては、テンションが高い。

 普段の気高く、しなやかな桜緋はどこに消えたのか。

 桜緋と付き合いの長い梅妃はそんな彼女にも慣れているらしく、ゆったりと自分のペースで呑みながら、面白そうに古馴染みのはしゃぐさまを眺めている。


「おい、お梅! 呑んでるか? まだまだいけるだろう!」

「まったく……戦のあと酒に走る悪癖は、いくつになっても変わらぬのかえ?」

「堅いことを言うな! せっかくの祝い酒が不味くなるだろう」

「へぇ、そうじゃな。ほれ、言うならわっちにも注げ」

「無論よ!」


 千尋はそんな女性陣のそばに近づくことはできず、避難するように楓雅の隣でから揚げを食べていた。


「あぁ……桜緋はあれがなかったら完璧なんだがな」


 楓雅も額に手を当てて嘆く。

 荘司はというと、興味深そうに桜緋を見ていたが、話しかけようとはしなかった。さすがの荘司でも、あの桜緋に接触するのは遠慮したいということだろう。


「……意外な一面だね」

「僕も知りませんでしたよ、桜緋があんなになるなんて」


 千尋は今日何度目か分からない溜息を吐いた。

 おかしいと思ったのだ。


 ***


「宴会ですか?」


 荘司の誘いに千尋は瞬きした。


「そう。今回の一件が落ち着いたお祝いに、支部長がやろうって言っててね」

「けど、僕は組合に所属していませんし……」

「そう言うだろうと思ったよ。だが、君は今回の功労者の一人だ。遠慮する必要はないよ。和葉ちゃんと楓雅も来るし」

「でも……」

「千尋。控えめも過ぎれば嫌味だ。いい加減、自覚を持て」

「桜緋」


 桜緋が緑の間から顕現して舞い降りてきた。

 この公園は桜並木に囲まれている。ここで休んでいたのだろう。

 地に足をつけてからグーッと伸びをし、腰に両手を当てて二人と対峙した。


「祝い事は昔から好きでね。その誘い、私は乗ろう」

「お。意外だね」

「宴会だろう? これでも昔から楽しそうなものは好きだ」


 いつも冷静な桜緋の瞳が、期待でキラキラと輝いている。本当に宴が好きなようだ。

 こんな桜緋を見るのは初めてだったし、そんな彼女を見ていたら千尋も行こうと思えたのだ。


「……そうですね。せっかくですし、僕も参加します」


 まさか桜緋が暴走するとは、この時点では思ってもみなかった。


 ***


「桜緋もきっと緊張してたのね」


 荘司の隣に座って稲荷寿司を食べていた美里が、そっと微笑む。


「あれほどの邪気を相手にしたんだもの。思い切り羽目を外したくもなるでしょう」

「言っておくが、桜緋は酒を呑むといつもああなる」


 楓雅が嘆息と共にそう言っても、美里は穏やかな表情を崩さない。


「そうだとしても、私は彼女にとても感謝しているわ。私たちだけでは、今回の一件は解決できなかったでしょうし」

「まぁ、そうかもしれんが……」


 美里が座り直して、千尋に向き合った。


「千尋君、大変な役をやらせてしまって本当に申し訳ないと思っているわ。ありがとう。協力してくれて」

「いえ。皆さんの役に立てるなら、僕はこれからも協力しますよ。……桜緋と一緒に」

「ありがとう」


 美里が右手を出してきたので、千尋も照れ臭く思いつつ握り返した。

 二人が握手を交わしていると桜緋が近づいてきて、よく見れば桜緋の近くで食事を摂っていた和葉も立ち上がっている。


「美里よ、呑めるだろう? どうだ?」

「そうね。頂くわ」

「和葉? お前はどうした」

「帰るわ。鍛え直したいの」

「は!? おいおいちょっと待て、和葉! ……すまない、先に行く!」

「分かったわ。また今度」

「ああ。ほんとにすまんな、美里。……おい、和葉!」


 楓雅の制止も聞かずに和葉が厳しい表情でその場を後にすると、楓雅も慌てて立ち上がってそれを追っていく。

 そんな二人を見送りながら、残された面々は改めてそれぞれのグラスを持ち上げた。

 梅妃のほかに、水黎と石哉も顕現している。

 音頭を取ったのは無論、酔ってハイになっている桜緋だ。


「二人ほど抜けてしまったが改めて、邪気修祓完了に……乾杯!」

「乾杯!」


 桜緋の酔った笑顔。皆の安堵が含まれた微笑み。

 自分の体質に劣等感しか感じていなかったはずなのに、気づいたら誰かの役に立ちたいと願うようになっている。

 千尋は自身に生じた変化を喜ばしく思いながら、グラスの中のジュースを飲み干した。

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